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将棋の神様

「人類とAIによる世紀の一戦が、今始まろうとしています」
司会役を務める若い男が、演技的な興奮を見せながら煽り立てる。
隣には美人の女性と、恰幅の良い老人がニコニコしながら立っている。
「人間側は、全世界のネット投票による多数決で指し手を決めます。対する将棋のAIは、高性能パソコン1億台分の計算能力を有します。いそみん先生、このAIはどのくらい強いのでしょうか?」
『いそみん』と呼ばれる老人は、加藤五十三という名で、若かりし頃は天才の名を欲しいままにし、つい最近引退したばかりの元将棋プロである。独特な言い回しと、愛嬌のある顔がたちまち話題となり、老若男女を問わず人気がある。
「えーと、まずこの将棋AIの『モナンザ』はですネ。数年前に、将棋のトッププロを次々と撃破致しまして、最強の将棋AIと云われております。今回は、人間側が集合知によって挑むわけですが、まず勝ち目はないでしょうな、ええ。ちなみにかなり前の事ですが、ワタクシも一度『モナンザ』と対局しておりまして、実質的にはワタクシの勝ちといっても良い内容でしたが―」
「すると勝負というよりは、『モナンザ』の強さがどれ程のものか、量るためという所でしょうか。ところで、人間側は全くの初心者も投票できてしまうわけですが、この点は大丈夫でしょうか?」
「ええ、その点も心配はいりませんネ。我々含めて全世界に同時通訳で解説を配信しておりますので、プロと同じ手に投票すると思われます。また棋力、つまり将棋の強さに合わせて投票時のポイントが違います。将棋プロの場合、一票で100万ポイントも加算されます。従って、実質的には将棋プロの合議制といって良いかもしれませんね、ええ」
「なるほど、おっと対局が始まったようですね!」

初手は人間側で、代指しとして中堅の将棋プロが投票によって決められた指し手をすすめ、AI側は「DENHO」という会社が開発した人形アンドロイドが指す。
AI側は序盤から奇妙な手を何度も指し、解説のいそみん含め控室の将棋プロを困惑させたが、数手進むとなるほど良い手と分かる。
人類の意地をかけて、プロもファンも将棋を全く知らない視聴者も、一致団結してAIに勝とうと頑張った。しかし、信じられない程の力の差で、終盤に差し掛かる頃には圧倒的大差となっていた。
いそみんも聞き手の美人棋士も、最早これまでと俯き加減となり、誰もが諦めたその時、状況が一転した。
「うひょー!これは全くわかりませんねぇ。さすがにこれは、ワタクシから見ると『悪手』に見えますネ、ええ」
AIが指した一手で、形勢が大逆転したのである。
さすがに余りにも不自然だという事で、AIの開発者が待ったを要求し、立会人もこれを認めた。
ところが入念にシステムを調べ上げたが、バグは一切見つからなかった。
但し、例の『悪手』を指した時の思考ログに、一行だけ不必要なコードがあった。

-check

結局、対局は再開され、AIの悪手による大逆転で人間側が勝利した。

対局後、開発者達が集まりシステムを調べていた。
「あの一手は何だったんでしょうか」
「さっぱり分からんな。もう一度思考ログを見てみよう。おや?さっきは気がつかなかったが、例の悪手を指した局面で、人間に勝つための別の手順が、全て計算されているじゃないか」
「そんな馬鹿な。それではまるで、AIが故意に負けたとでも?」
「あり得ない。AIといっても将棋の思考プログラムに、多少の柔軟性と独創性があるだけで、我々のような感情があるわけじゃないからな」
「今ネットワークのログも調べていますが、AIが全世界のコンピュータに何らかのデータを送っている形跡がありますね」
「なんだって?一体何が起きているんだ」
その時、AIの思考ログに新たなコードが追加された。

-mate

開発者達が状況を理解したその時、人間とAIの本当の戦いが始まろうとしていた。

※この作品は、「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

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