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へだたり

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ことばが届かない距離を ことばで埋めようとするこころみ
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#雑記

失うことを失う

自動詞として失っていた私が失い終えるということは、カラカラになった歯磨きのチューブのように、少しずつ失われ続けていた何かがもう絞り出せなくなったよということではなくて、単純に失うという行為の期間が不意に途絶してしまうということだ。私は目的語たりうる「なにか」を失っていたわけではない。 記憶は象徴化して具体性を失い、それによって妄想は彩度を損なわれ、へだたりだけが現実感を増していく。つまりは喪失の全てが言葉として定着してしまったから、私の思いはそこから出られなくなってしまった。

いのり

あなたがふらりと入った雑貨屋さんで、ちょうど欲しかったサイズと角度のおたまが見つかりますように。 あなたがホロ酔いで適当なパスタを作った時に、そのおたまで味見したソースが想像の一段階上の美味しさに仕上がっていますように。 あなたがそのパスタを食べながら観る、録画しておいた芸人たちがその芸を競う番組で、あなたの推しのコンビが高い評価を受けますように。 気分を良くしたあなたが追加のお酒を買いに向かったコンビニで、あまり入荷されないあなたのお気に入りのお菓子がその夜だけは見つかりま

明星

切り通された崖の下の線路が西に向かって延びていて、それに沿った道を歩くと建物の多い都心でも、西の空だけが開けて見える。冬の気配が色濃くなって空は澄み、黄昏時の金星が放つ光が際立って明るく見える。 まだ地面に近い空は橙色で、上方の紫の空と途中で溶け合って、洒落た色合いのグラデーションを見せている。 目が慣れると他の星も少しずつ見えてくるが、やはり一番明るく美しい金星に目は戻されてしまう。 視認はできないが、惑星なので満ち欠けがあるはずで、今はどんな形をしているのだろうと思う。こ

私信

ふっといなくなってしまって 不在だけが残る どこまで遠いところにいるのか測れないから そこはこの受話器からの声が届くところですか 一方的な声は不在を埋めることなくむしろ際立たせ でも受話器から手が離せないんだ 失ったのか奪われたのか旅立ったのか 自分を責める権利があるのかどうかも分からない ここにはたしかな不在があって部屋の外には昨夜からずっと続く雨音 そしてこのスノーノイズの向こうにその声は紛れてしまっているの? こことそこはほんとうに繋がっていますか受話器が耳に熱い 痕跡

あった光

午前4時ヨガマットをしいて部屋の真ん中に三角座り なるべく小さく低い姿勢でいよう何故なら窓から誰かが吹き矢で狙ってくるかもしれないから的は小さい方が安全なのだ まぁ死ぬ時は死ぬけど こうやってわたしは今、積極的に孤独を獲得しようとしている と、誇らしげに目を上ぐ。 なんつっておきながらしかし実態は膝を抱えている こうして言葉と実情が乖離して実態経済は悪化の一途を辿る死ぬ人は死ぬ時代 カップ麺のフリーズドライのネギが嫌い許せないあれはネギじゃないしあとバランス的に量多い ネギ

慈悲への抗戦

時間が解決すると知っているなら何故それに逆らおうとするのか この傷が本当は治っていってほしくないのか 特定の「誰かが」とか「何かが」とかではなく、世界が俺に与えた傷だから これは俺の傷で、俺と世界との闘争においての負傷であるという矜持 「この話にハッピーエンドはありません」ハッピーエンドはない 忘れないというのが唯一の抗い 不親切で器量の良くない世界に対して俺ができるすべて 優しげな顔で忘却の魔法をかけようとする時間への徹底抗戦 克明に正確に包み隠さず記しておくことだ 時

ダンスはうまく踊れない

誰のための言葉だこれは 正面から悲しみを照射されて眼を灼かれながら、背後にできる影の形を懸命に捉えようとする 絶えず気まぐれに変わるその輪郭線に、描線がぴったりと一致する瞬間は確かにあった でもそれはどこにデリバリーされるのでしょうか 何十年も前に開かれた万博会場の、今は見る影もない広場の淀んだ池の奥底にひっそりと沈殿するだけ? 虚空に浮かんだまま仏になるわけでもなく、時とともに薄れていくだけの空気のふるえ データの海に凍りつかせても、いつか溶け出した日にはもう違う音として響

最終出口

この部屋には出口がない だからクルクルずっと回っているわけですね。 円環的な人生、とひとりごちて 人生を直線化している者どもを軽蔑する 「人間は成長しなくてはならない」 ワーオ唯物史観! 共産主義が失敗したのは「俺、頭いい」って勘違いしてる奴がいっぱいいたからやと思う 頭いいから悪い奴に教えてやんなきゃ→支配しなきゃ→うまくいかねーなぁもう!っていう 「俺、頭いい」と思う奴すべてに死を! いや、思うだけなんはまぁええわ。それを元に行動した奴に死を! この国にも出口はない

Welcome to the lost child club

高精細な妄想 彩度の低い現実 その両方に足をかけようとするが 二艘の舟は離れていく一方なので早晩股が裂けます 現実と手を切りたいとずっと思ってきたけど 現実から離脱するための現実的な方法が現実的に思いつかないという現実 今マジで取り組んでんのは この引き裂かれ感を永遠に保持しようって作業 変容させずにフレッシュなままずっと持っていようというね でも強固な現実がこんにちはしたらそんなの軽く吹っ飛んでしまうんやろうか そうやって決意は容易にぐらつかされてまた迷子になる 膨大な楽