【邪念走】番外編 第2回 走りながら回復する力を手に入れる。
薄型圧迫固定サポーターで踏ん張る力を手に入れた1ヶ月後、株式会社ピップから今月のサポーターアイテムが届いた。「スポーツテックタイツ」と書いてある。タイツである。ちゃんとしたタイツである。そう、私がマラソンを始めるきっかけになったのは、ちゃんとしてないタイツが始まりだった……。
4年前の真冬の日曜日の午後、やることが何もない私は上半身裸、下半身は黒い防寒タイツ姿でプロレスラーのポージングを取っていたが、すさまじく寒いのとあまりにも貧相な身体に惨めになったため、早々に長袖Tシャツを着てタンスからスウェットパンツを取り出そうとしたが、ふと思い立ち、半そでTシャツとハーフパンツを手に取った。そして長袖Tシャツの上から半袖Tシャツ、防寒タイツの上からハーフパンツを履き、全身鏡を見て目を輝かせて呟いた。「わあ……ナイキだ……!」
ほとばしるナイキ感。
ぴちぴちのタイツにハーフパンツ、ほとばしるナイキ感、ほとばしるオレ日頃から運動してます感。鏡に向かい、先ほど途中で断念したプロレスラーのポーズを再びとる。ほとばしるアドレナリン、さきばしる体の疼き、ありあまる休日の時間。「……いける!」そのまま玄関に向かい底が潰れたスニーカーを履き休日の外に飛び出し準備運動もほどほどに駆け出し大きく手を振り胸いっぱいに真冬の空気を吸い込み勢いよく地面を蹴り上げ800メートルで肺とふくらはぎが爆発して家に戻ってきた。
履き潰したスニーカー、不足した準備運動、貧相な防寒対策、反省点が多すぎて追いつかない。しかし、ピチピチのタイツにハーフパンツを履いている限り、沿道の通行人から「あやつ、できる!」「ああ! 日頃から運動している感じの人だ!」と思われるに違いなく、走りながらこれまで味わったことのない高揚感を感じたことも確かで、その自尊心が刺激される感じ、承認欲求が満たされる感じはこれからも味わいたい。
これからも走り続けたい、ではなく、これからも日常的にピチピチタイツの上にハーフパンツを履く人生を送ってみたい。
野球のユニホーム、忍者の黒装束、ランニングウェア……とにかく長い物の上に短い物を着ると無条件に格好いいのだ。わかる者にはわかりみが深く、わからない者には1ミリも何言ってるかわからないこの思い……。タイツには男の夢が詰まっているのだ。
しかも今回、ピップから届いたタイツには男の夢だけではなく、疲労軽減をサポートするコンプレッション機能、脚運びをスムーズにするテーピング機能という、最新技術も搭載されている。
足首が最も圧力が高く、太ももにかけて圧力が低くなる段階圧力設計によって、脚のポンプ機能をサポートしている。このサポートによって血流が促進され、血液内の栄養分が全身に届きやすくなり、さらに疲労の原因となる老廃物を排除してくれる。つまり、履くだけ、下半身を動かすだけで疲労回復効果があるのだ。
私は看護専門学校の講師もしており、深部静脈血栓症(エコノミー症候群)の講義の中で、座った姿勢で90分動かないと膝の裏の血流が50%低下するため、血栓ができやすくなる。しかも脳へ向かう血流も減るので眠気も出てくる。よって眠くなる講義があったら足踏みをすればいいカモネ☆と、お茶目なアドバイスをした瞬間に、クラス全員が地響きのような足踏みをしはじめ大ショックを受けたことがある。
この足踏みによる血流促進を倍増させる機能がコンプレッション(圧迫)機能である。タイツの圧迫によって筋肉の収縮が助けられ、その圧力によって血圧が促進される。
もともとこの下半身のコンプレッション(圧迫)は医療分野で使われており、術後の血圧が低い患者や、血液循環が良好ではな患者に用いられてきた。寝たきりなど長時間の同一姿勢や脱水などで血液がドロドロになると、下半身の静脈に血栓が形成されやすいため、血流を促進しリンパの滞りを解消する目的で、病院では「弾性ストッキング」というものを装着する。
私は看護師になってからずっと弾性ストッキングのことを「男性ストッキング」と書くのだと思っていた。看護学校でろくに勉強してこなかったということもあるが、あのストッキングを履くとどんな男性でもどんな脚でも、うら若き女性のような色気をまとうのだ。なるほど男性ストッキングとはよくいったものだ、あのお爺ちゃんの脚、キレイだなあと一人で感心していた。
たしかにこのタイツを履くことで、締まるところが締まるため下半身の筋肉が美しく強調され、自然と良い姿勢が保たれる。それでいて速乾性があり、履いていてもムレずにごわつかない。ランニングの場合長時間装着するため、ムレずにごわつかないという家庭における理想の夫のような姿勢はことのほか重要である。
私は、スポーツテックタイツで走りながら回復する力を手に入れた。
このタイツで筋肉も気持ちも引き締まる。血流も気持ちも滑らかになる。そして肉体における疲労も人生における悲しみだって軽減される。スポーツテックタイツの上にハーフパンツを履いた格好良い私は、沿道の通行人から発せられる「あやつ、できる!」「ああ! 日頃から運動している感じの人だ!」という心の声に耳を澄ませ、今日も半笑いで走り続ける。