千賀健史個展 「まず、自分でやってみる」。アートセンター BUG。2024.3.6~4.14。------「特殊詐欺の背景まで考えさせてくれたアート」
2度ほど、詐欺の電話がかかってきたことがある。
まだ「オレオレ詐欺」と言われていた頃だったと思う。
最初の電話はわかりやすかった。
携帯もスマホも持っていないので、家の固定電話にかかってきたのは、知らない明らかに若い男性の声だった。
「あ、おれだけど」
「失礼ですけど、どなたですか?」
「嫌だなあ、おれだよ、おれ。オヤジ」
私には子どもがいないから、そのことを告げても、まだ同じようなちょっと軽いトーンで言葉を続けている。
とにかく、私はあなたを知らない、ということを何度か繰り返したら、突然電話が切れた。
2度目の電話
次の電話は、もう少し分かりにくかった。
その時も固定電話に、夜にかかってきた。
「もしもし、今、病院にいるんだけど…」。
その声は、自分の身内の声とよく似ていた。
そして、こういうときに、名乗らないこともよくあった。そして、困惑している声なので、どうしたのかを尋ねた。
そうしたら、やや聞き取りにくい声で、だけど、身内と似ている声で、言いそうなことを続けていた。
今、病院にいること。そして、どうやら病気ではないか、ということ。それがはっきりするのは明日になるけれど、現時点でどうしたらいいのか、少し混乱していること。そんな話をした後、また明日、結果がちゃんとわかったら電話する、と言って、切った。
この時点で半信半疑だった。声が似ていたし、その言動もすごく似ていた。
その身内と思っていた人間に電話をする。留守番電話だったので、メッセージを入れる。そのうちに、その身内から電話があった。
それで、さっきかかってきた「病院にいる」という電話が詐欺だとわかった。
だけど、もしも、もっと状況が違っていて、困った声を出されていたら、どうなるか分からなかった、と思った。
やはり怖かったけれど、それはただの恐怖心とは少し違っていた。
犯罪
とても薄い知識でもあるのだけど、刑事ドラマなどを見ていて、例えば誘拐事件で難しいのは、現金の受け渡しの時で、それをうまくクリアできれば、犯罪は成功しやすい、などということは知っていた。
それが本当の知識かどうかは別としても、なんとなく説得力があって、だから、「オレオレ詐欺」という犯罪が出てきたときに、誘拐事件ではないけれど、お金を被害者に振り込ませる。
それは、これが不謹慎な言い方はわかっていても、犯罪としてはすごくよくできていて、だから、より怖いと思った。犯罪を行う人間にも、当然だけど、すごく頭がいい人間がいると感じ、だから、こわいと感じさせた。
2003(平成15年)年には、6000件を超える「オレオレ詐欺」が発生し、被害総額は約43億2000万円。こうした計算をするのは失礼かもしれないけれど、単純に数字を割ってみると、一件あたり約72万円になる。
もちろん被害としては大きいけれど、「オレオレ詐欺」は、身内の窮状を(これは本当に卑怯だと思うけれど)使うから、その時に、おそらく優しい人ほど、そこに引っかかってしまうと思う。そして、そういう人ほど、自分が出せる金額であれば、それが大金だとしても、身内のためなら出してしまうのではないか。
そういう意味でも、それが人の気持ちを利用する分だけ質が悪いし、だから、よくできている犯罪であり、防ぐのは難しいと思ってきた。
詐欺の実行犯
テレビのニュースなどで、「オレオレ詐欺」の被害について目にするようになってから、その犯罪が減らないことも伝わってきた。そして、そのうちに、「オレオレ詐欺」から、その犯罪の多様性をもとにしたせいか「特殊詐欺」という名称にかわっていた。
それは、仕方がないのかもしれないけれど、それならば最初は必ず電話が多いようだから「電話詐欺」という名前にすればいいのに、ということを言う人がいて、そのことに納得がいった。
その名称の方が、注意喚起という面では優れていると思ったせいだけど、さまざまな事情のせいか、「特殊詐欺」という名称が定着したようだった。
この犯罪の根深さというか、21世紀の日本で多発する理由のようなものも考えさえてくれたのが、この本↑だった。
そこには、犯罪の被害者ではなく、加害者のことが取材され、伝えられていた。考えたら、加害者がいなければ、「特殊詐欺」は成立しないし、振り込まれたお金を引き出す役割など、リスクは高いが、行為自体は難しくないことを担う人間が必要で、そうした加害者がどうやって誕生するのかが書かれていて、その「育成」も含めて、よくできていると思ってしまった。
ただ、現実は、真面目に働いたとしても、相対的貧困に陥るような社会になっていて、この書籍が発行された時から10年近くが経っていても、その状況は変わっていないというか、悪化しているとも言えるから、この「特殊詐欺」の加害者が増える可能性も高いままだと思う。
この2010年代前半に比べたら、この「特殊詐欺」を構成する加害者たちの意識もかわってきているはずだ。こうしたある意味で「モーレツ社員」のような詐欺グループの構成員から、もっとライトに、「闇バイト」という言葉に象徴されるようになっている可能性がある。
だから、被害だけではなく、加害者側になるリスクも高まっているのが2020年代であると思う。そして、それは社会全体の貧しさも大きく関わっているはずだ。
こうした根深い問題も考えさせてくれる犯罪が「特殊詐欺」であることを、改めて、この千賀健史の個展である「まず、自分でやってみる」は気づかせてくれた。
自分が、この犯罪に対して、いろいろと思っていたことも、思い出させてくれた。
アートセンター BUG
リクルートが銀座にギャラリーを運営していて、そこには何度も行ったことがある。そして、その2つのギャラリーが閉じ、次は東京駅のそばにギャラリーができた、と知ったのは、すでに開廊してから、何ヶ月も経ったときだった。
それは、自分が情報に弱いだけだけど、八重洲のビルの1階と知って、そんなに便利な場所にあるのはありがたいとも思っていた。
八重洲南口で降りる。そこは、高速バスを利用するときに利用することが多い改札で、そこを降りてから、そのことに気づき、その並んでいる停留所を見ながら歩くと、大きなビルの一階にギャラリーはあった。
都心部でも、ひっそりと佇んでいることも少なくない画廊やギャラリーのことを思ったら、こんなに目立つ場所にギャラリーを設置すること自体が思い切ったことのようにも思えた。
入り口を入ると、まずカフェがある。
自分とは縁が遠そうなオシャレな空気と、そこにフィットしているお客さんで、満席のようだった。
その奥にギャラリーがある。
シンプルにひらけた直方体。天井が高い空間だった。
千賀健史個展 「まず、自分でやってみる」
その空間は、何かわからないもので埋められていた。
顔は並んでいるが、どれも誰か分からないようになっている。「特殊詐欺」に関わる犯罪の「道具」のようなものもある。机、メモ、筆記用具などしかない。あとは映像だけど、人に関することばかりだ。
考えたら、「特殊詐欺」は、電話をし、話をし、被害者に信じ込ませ、お金を振り込ませる。そのお金を引き出して回収する。現代では、現金もしくはクレジットカードや銀行のキャッシュカードなどを盗んだりすることもあるようだ。
とてもシンプルな道具や、さらには考え抜かれているとはいえ、人が話をする、という単純なことで、加害者が体を張ったりしなくても、犯罪が成立する。
そして、被害者に振り込ませた銀行の口座からお金を下ろす、という日常的な行為を担当するのは「受け子」などと言われているようだけど、この犯罪が長く続いて、そうした犯罪用語まで一般的になってしまった。
そんなことを考えていた。
そして、「特殊詐欺」は、その犯罪に加担する人間がかなりの人数が必要になるはずなのに、その犯罪が今も行われているのは、そこに関わる人たちが、今も「闇バイト」などと言われてリスクがあるのはわかっているのに、手を出してしまう人が絶えないことが、おそらくはこの犯罪がなくならない一つの理由なのだろう、といったことを思っていた。
(「令和元年における特殊詐欺認知・検挙状況等について)
https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/hurikomesagi_toukei2019.pdf
作家の千賀健史が、作品制作のためにリサーチをはじめた2019年には、約16000件の「特殊詐欺」の被害があった。2003年には6000件を超えていた、と伝えられていたから、2019年時点でも、「オレオレ詐欺」と言われた頃から、2倍以上の犯罪件数が増加している。
普段は意識しないが、これは、かなり深刻なことではないだろうか。
ステートメント
ギャラリーに入って、ふわっと全体を見ていたら、スタッフの人が、「ハンドアウトがあります」と渡してくれた。最近は、QRコードでの「ハンドアウト」が多く、スマホも携帯も持っていない人間にとっては、とてもありがたいことだった。
そこには「アーティストステートメント」があり、それを読むことで、今回の展示のことが、より深く理解できるように思った。それは、そこまで説明してはいけないのではないか、といった意見も出てきそうなのだけど、ただ、鑑賞者としては、やはりありがたいことだった。
そこには、アーティスト自身の親戚が、「特殊詐欺」に遭ったという経験も書かれていて、それもここにある作品を制作した動機の一つになるのだろう、と思う。
言葉と顔
この展覧会のタイトルの「まず、自分でやってみる」という言葉が、最初はなんだか分からなかったのだけど、ハンドアウトを読んで、はっきりと思い出した。
それは、2020年、コロナ禍で誰もが不安で、同時に経済的にも厳しい状態の人が少なくない中での、当時の首相の言葉だった。
印象に強かったのは、「自助・共助・公助」だったけれど、そのあとに「まず、自分でやってみる」が続いていたのは忘れていたが、それが、今回の個展のタイトルになっていた。
この言葉は、コロナ禍というほとんど「天災」のような過酷な状況の中にあって、「行きすぎた自己責任論」を象徴するような言葉だと改めて思った。そして、今回のメインビジュアルにもなったコラージュされた顔には、もしかしたら当時の首相の顔も入っているのかもしれないと感じ、そうであったら、作品の強度も増すのではとも思った。
スゴロク
私は携帯もスマホも持っていないので、きちんと参加できなかったが、床面を使った双六のような作品があって、それぞれのコマには、言葉があった。
それをスマホを使って、サイコロのようにして、進んでいくというゲームのようだ。
自分は経済的に豊かになって、間接的に関わっている人。実際に特殊詐欺の被害に遭った人。さらには、特殊詐欺の闇バイトに手を出しそうになっている人。といった立場の違う人それぞれのコースがあって、ところどころで接していた。
そこに並んでいた言葉がリアルに感じ、個人的には今回の個展で、最も印象に残った。
ステートメントの中に「特殊詐欺は社会を映し出す鏡」とあったが、本当にその通りだと思った。
犯罪としての摘発ももちろん必要だけど、「特殊詐欺」に手を貸す人間を減らすには、先進国の中では特殊に相対的貧困率が高いような状況を変えない限り、難しいのだろうと思う。
犯罪者
最近読んだ本の中にも、その冒頭で「特殊詐欺」に関わってしまった人の話が載っていた。
大学院の博士課程を修了した高学歴でありながら、収入は十分ではなく、その上、結婚して子どももいたのだが、妻が寝込み、より追い詰められていた。
この人は現在30代なので、特殊詐欺に加担してしまった時も、若年層に入るはずだ。だが、現在の貧困率を考えると、高齢者層にも、こうした犯罪に関わってしまう人が増えてきてしまいそうで、それは確かに本当に、自分とは全く関係のないこととは思いにくい。
そんなことも考えられたのは、この個展を見たからだと思う。
現在は、終了してしまった個展「まずは、自分でやってみる」ですが、もし、この記事を読んで興味を持ってもらえたら、千賀健史氏の情報を追ってもらえたら、このテーマだけではなく、いろいろな社会のことも考えさせてくれる作品を鑑賞できる機会が増えると思います。
また、東京駅八重洲南口にある「BUG」も、これからも展覧会の開催が予定されているようです。こちらもカフェも併設されていますし、訪ねてみるのもおすすめです。
(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
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