ラジオで、出版社主催のノンフィクション賞の話が流れてきて、なんとなく聞いていた。
結果としては、知られざる事件を丁寧に取材し、事実を知りたいという志を貫いた作品が選ばれて、それは「ノンフィクション」の賞として自然なことだし、その作品も素晴らしいと思ったが、他の候補作のことも当然ながら話題になった。
その中で、ノンフィクションとしてはページ数が少なく、しかも、基本的には家庭の中だけの「個人的」な出来事を描いた作品が、特に若い人からは高い評価をされて、といった話まで進んで、その評価がどこかで意外というような微妙な響きを話者から感じたので、気がついたら、その本のタイトルをメモしていた。
『妻はサバイバー』 永田豊隆
基本的には、個人的な話だと思う。
だけど、20年の年月の間、これだけ緊張感の高い時間が続いたことを思うと、病気に襲われながら戦っている妻も、その傍で看病し生活をしている夫も、どれだけ大変なのか。それが想像できにくいことはわかる。
その年月を、抑えた表現で、記録し続けている。
摂食障害、という「病名」は普及してきた。街中でも、そうではないか、と思える人を見かけることもあるし、話として聞くこともある。
だけど、もしも、本格的に関わろうとするならば、命に関わる状況もあるので、責任を持っての介入がとても難しい症状であることも間違いない。
だからこそ、残念ながら、患者にとって安心できる環境が提供されにくい。
その過食嘔吐をやめさせたい、というのが周囲の目標にもなりがちなのは当然かも知れないけれど、それを止めることがとても難しいから、専門医が少ないということにもつながっているし、夫は、妻と共に病気と闘いながら生きていく生活の中で、その「食べ吐き」の「意味」も理解していく。
この辛さを何らかのかたちで少しでも解消しないと、おそらくは生きていくのが、もっと難しくなりそうだ。
こうして安直にまとめるのも失礼なのだけど、過食嘔吐によって、生き延びてきたとすれば、それを「止める」ことは、返って、さらに危険なことにもなりかねない。
症状と診察
過食嘔吐だけではなく、感情もかなり不安定になり、夫は罵声を浴びせられるようにもなった。さらに、大変さがましていたのだろうけど、その中で、何とかしようと病院にも行っている。
さらに、過食によっての出費も負担になってくる。
そうした中で、医師の診察には、夫が通っていた。
そして、その医師は、妻の症状に理解しようとしてくれたようだ。
ただ、こうした病気などで大変な人たちへの治療や支援の話が出るたびに、それが十分に受けられないという話題に触れる機会も少なくなく、今回も、そうした出来事が語られていた。
とても個人的なことだが、ささやかながら自分も支援の仕事を続けている。とても他人事のようには語れないのだけど、素晴らしい支援自体は、とても難しいから、そう簡単にはできないし、ごく限られた優れた人にしかできないとは思うけれど、逆に、少しでも油断すると、ひどい支援になってしまう。
だから、少なくとも、相手を傷つけない、という原則だけでも、きちんと心がけようとはしている。
苦境にいる人が、助けを求めてたどり着いた、支援をしてくれるはずの場所で受けた、適切でない対応は、その傷つきが返って大きくなるのは、私自身も家族の介護をしていた頃の経験で少しは知っているから、それを忘れずに生かしたいとは思っているけれど、こうした書籍を読むたびに、偽善的に感じられるかもしれないけれど、今の自分の行為も振り返ることになる。
入院
著者の配偶者は、摂食障害だけでも大変なのに、そこに、さらに本人には落ち度がないのに被害を受けることによって、その精神状態は、さらに悪化してしまう。その結果、危険な状態になり入院を勧められ、3通の紹介状を持って病院を回った。
かなり追い詰められ、入院する本人だけでなく、その付き添いをしている家族も、おそらくは疲れ切った先の困窮にいるはずなのに、3カ所回らなければいけない。しかも、明らかに問題がある病院も、紹介されている現実がある。
「偏見」と「無理解」
そして、こうした生活の困難さをさらに増大させている要素に、とても理不尽とは思うけれど、どうしようもなく「偏見」と「無理解」があることも書かれている。
最も「偏見」があってはいけない場所で、こうした「偏見」が存在する。
そして、それは、病院や医師だけにとどまらないことを、当事者や、その家族ほど感じている。重い気持ちにもなるけれど、今もはっきりと存在することを、改めて伝えてくれている。
こういうとき、おそらく本当に絶望に落とされるのだろうと、想像する。
思い
こうした作品を読むたびに気になるのが、書いた人と書かれた人のことだ。
今回は夫婦とはいえ、ここまで書かないと伝わる力が弱くなるし、だけど、すぐそばでずっと一緒に生きてきた人のことだと考えると、著者は新聞記者だから、書く能力に問題はないとしても、でも、報道に携わっているだけに、余計に配偶者の苦境を明らかにしていいのだろうか、といった迷いが出るのでは、と思っていた。
ただ、その想像自体が未熟なことが、「あとがき」で明らかにされている。
とても理不尽で大変な経験をした上でも、こうして“誰かのために”という強い思いを持つ人がいる。そして、その思いを、覚悟をもとに書いているから、こうして強く伝わる力を持つのだと思う。
とても優れたノンフィクションで、これを推す人が少なくないのも、当然な気がした。
老若男女、どんな人であっても、できたら読んでほしい作品です。
(こちら↓は、電子書籍版です)。
(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでいただけると、うれしいです)。
#推薦図書 #読書感想文 #妻はサバイバー #永田豊隆
#摂食障害 #虐待 #過食嘔吐 #性被害
#アルコール依存 #若年性認知症 #夫婦
#介護 #看護 #医療 #支援 #偏見 #無理解
#毎日投稿