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読書感想 『いとをかしき20世紀美術』  「アートを理解するための良質な教科書」  

 それまで全く興味がなかったのに、ある展覧会を見て、急にアート、それも現代アートと言われる分野を勝手に身近に感じるようになった。

 それから、20年以上、細々とだけど、ずっとアートを見続けてきた。

 その間に、特に現代アートと言われる分野に興味を持つと、例えば、現代アートではなく現代美術と表したほうがいいのだろうか。とか、作品を理解するためにその歴史や背景を知らないと、本当には理解できないかもしれないなどと思うようにもなった。
 作品を見ていて、最初は見えなかった、その意味のようなものまでわかったように感じた時は、なんだか気持ちもいいことも知った。

 だから、誰に聞くでもなく、それまで見向きもしなかった美術関係の本なども読むようになった。そのことで、より興味が深まるような気がしたが、その一方で、展覧会や、現代美術を紹介する文脈の中で、「難しいと言われる現代美術ですが-----」というような枕詞も、数限りなく見聞きしてきたのだけど、その表現に違和感はあったし、そのことを前提に語られる言葉は、分かりやすくしようとして、かえって伝えるべきことが伝わっていないように思えてきた。

 それで10年以上が経った。

 だから、「やさしい」や「わかりやすい」といった形容詞がついている本などもつい敬遠しがちだったのだけど、この本の「いとをかしき」は、いいのか悪いのか判断が難しい表現に感じたし、信頼できる筆者がすすめていたので読むことにした。


『いとをかしき20世紀美術』  筧菜奈子 

 この書籍はマンガといっていい形で、絵を中心に組み立てられていて、「はじめに」では、この本の全体の構成と目的について、語られている。

 昨今AIによる創作物が話題になっていますね。

 創作活動すら機械に奪われてしまうのではないかと
 不安に思う声も聞かれます。

(『いとをかしき20世紀美術』より)

 ただ、これと同じ問題は20世紀初頭にも起きていたこと。機械生産が本格化して、アートすらなくなるのではないか、といった危機感があったこと。
 それでも、アートはなくならなかった、と続く。

20世紀のアーティストたちは時代の変化を受け入れながらまったく新しいアートを創り上げていきました。

こうした発想は21世紀のアートにとってもヒントになるはずです

 そこでこの本では
 20世紀のアートの中でも
 特に面白い試みをしている
 動向や作家たちを取り上げ
 7章に分けて 
 紹介することにしました  

(『いとをかしき20世紀美術』より)

 この前提は、すでに21世紀になって20年以上が経った現在にも受け入れやすく、過去ではなく現代の課題として考えられるし、さらに、もう一つのテーマも明かされる。

 それは日本の文化と
 現代アートの親和性を探ることです。

 20世紀以降のアートは
 日本にとっては異質で受け入れづらいものと考えられてきました

 しかし日本の文化をよく見てみると
 現代アート顔負けの突飛な発想や規模を持つものが多くあります

 実は日本人は現代アート的なものが好きなのではないか

そうした考えからこの本の舞台を京都にしました。

(『いとをかしき20世紀美術』より)

 登場人物は、京都の大学生5人。

 それも、学生という同一性がありながら、微妙に違いがある。日本美術の研究者を目指す人。作家になりたい美大生が3人だが、それぞれ目指す方向性が違っている。さらに、法学部でありながらアートの発想法に興味を抱いている人。

 こうした視点の違いによって、開かれた話になっていくはずだ。こうした設定によって、この本の構成は、とても考え抜かれていることが伝わってきた。

マルセル・デュシャン

 20世紀以降のアートを考える上で、誰が最も重要か、といったあるアンケートの1位にもなっているし、デュシャンを1章に持ってきたのは納得でもできるし、このアーティストのおかげで、アートが圧倒的に広がりを持つようになったので、すごく適切な選択のようにも思える。

 日本美術の研究者になりたい学生が、作家を目指す美大生に、「デュシャンも知らないのか?」といった挑発を受け、その学生がデュシャンを学ぶ、という中から、当然のように「泉」という作品を知る。

 それは、男性用の小便器に署名して置いただけに思えるし、物理的には、それだけの「作品」だった。

 まず、ここに至るまでのデュシャンの思考に触れ、学生はこんなふうに思う。

絵画がただ視覚的な快楽(=網膜のスリル)を追求するものになり
宗教や哲学的な問題を考えさせることができなくなったということかな 

 この便器について、問題になったのは、既製品をそのまま展示しようとしたことのようだったが、この点については、デュシャン自身が論理を展開している。

 新しい題名と観点の下に置くことで、本来もっている
 実用的な意味が消えるようにしむけた。つまりあの物体に
 対して新しい思考を作り出したのだ。 

(『いとをかしき20世紀美術』より)

 つまり、作者が製作したかどうかよりも、この場合は選んだことに重点があるし、それは「見立て」という行為でもあるから、日本美術に詳しい学生は、こんなふうに思う。

 千利休が
 魚入れの籠を花入れに見立てて
 茶道具としたのと似てるかも。

 この「泉」によって、「芸術の定義を拡張した」という解釈もされていて、それについて、学生は思いを巡らす。

 もはや機械によって絵画も創作できてしまう
 今、絵を描く意味ってなんだろう

 デュシャンは
 こういう事態を見越して
 芸術の枠組みを広げてくれたのかも

 機械は絵や立体を
 作ることができても
「何が芸術家か」を
 考えることはできない       

 これまでの芸術と違う
「芸術 PART2」が始まったって感じだな〜 

(『いとをかしき20世紀美術』より)

7つの流れ

 それ以降も6章にわたって、20世紀美術の話は続いていく。

 ただ、過去の歴史的な事実として語られるだけではなく、そうした作品の製作される過程などにも触れられているため、その時の思考や思いといったことも、伝わりやすくなっていると思う。

 あまりまとめすぎるのもよくないのだけど、可能性を探って、より新しいものを製作しようとし続けた志の結果作品となっているのもわかってくる気がするので、作者の、ときとして苦闘になった時間は、21世紀のアーティストとも共有できることのようにも思えてくる。

2  抽象絵画 1
 ワシリー・カンディンスキー
 ― 色と形が音楽を奏でる ー 

3 シュルレアリスム
 ― 見慣れた現実を一皮むけば ー 

4  抽象絵画 Ⅱ
 ジャクソン・ポロック
― アメリカン・アートの荒野を切りひらく ー 

5 ポップ・アート
 アンディ・ウォーホル    
― 華やかで、軽くて、シリアスな ー 

6 コンセプチャル・アート
 ヨーゼフ・ボイス
― アイデアはアートを超越する ー 

7  ランド・アート/環境アート
― 広大な自然・環境をキャンバスにー 

(『いとをかしき20世紀美術』より)

 それぞれの流れに、代表的な主に一人のアーティストを紹介しながら、その後に続くような作家たちの話もあり、さらには、章ごとに「ブックガイド」もある。

 それほど厚みもない書籍なのだけど、20世紀のアートの流れ全体が理解しやすいようにも思うし、それぞれの流れは、さらに広がって、現代にも続いているのが、感覚的にわかるような気がする。

ピカソの不在

 今は少しかわっているのかもしれないが、美術のわからなさが語られるときに、ピカソの名前は多用されていた記憶がある。

 だけど、この本では、その名前はおそらく一回も出てきていない。

 そのことは、21世紀につながる20世紀美術、というテーマを考えたときには、とても個人的な印象だけど、とても的確な判断だと思えた。

 20世紀で最も有名で最も成功したアーティストは誰か?というアンケートをとったら、おそらくはピカソは少なくともベスト3に入るはずなのだけど、その作品から直接的な影響を受けたアーティストは、その知名度に比べると少ないはずだ。

 ピカソは、さまざまな流れをいち早く取り入れて、見事に作品化したのだけど、個人的には何しろ見たものをそのまま描けてしまう人だから、ものすごくうまい、ということも含めて特殊な存在なのだろうけれど、どこか孤立したように見える。

 そうであれば、ピカソというアーティストは、まだ論じられていない点もありそうだけれども、こうして21世紀まで続くアートの流れの中で語ろうとするのは、かなり難しそうなので、ピカソをこの本からはずしたのは、個人的には信頼感を高めた選択だった。

おすすめしたい人

 先日、紹介させてもらった書籍によって、アートに興味を持ったが、まだ暗中模索で、何かしらの手がかりを得たい人。

 美術館やギャラリーに行ってみたいけれど、現代アートは難しいらしい、などと微妙な構えを持ってしまっている人。

 現代アートは分からない、と思って、本を読んでみたけれど、かえってよく分からなくなった人。

 
 生意気な言い方かもしれませんが、現代美術にとって、良質な教科書が、やっとできた、というように感じました。

 作品をみたくなるガイドブックでもあると思います。





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おちまこと
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