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【一首評】

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短歌を一首取り上げて、鑑賞します。
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#tanka

【一首評】ドラム式洗濯機のなか布の絵本舞はせて夏をうたがはずあり(光森裕樹)

【一首評】ドラム式洗濯機のなか布の絵本舞はせて夏をうたがはずあり(光森裕樹)

ドラム式洗濯機のなか布の絵本舞はせて夏をうたがはずあり
/光森裕樹「鶴をつなぐ」(『山椒魚が飛んだ日』)

「鶴をつなぐ」は、結婚、妊娠、出産、子育てを夫・父の視点から歌う連作群の中の一連。主体が父となったとき、季節は秋であった。

赤ん坊は世の中に対峙するとき、まずは何でも口に入れてみる。だから赤ん坊用のおもちゃは大抵、口に入れても大丈夫なようになっていて、絵本もそういう理由で布で作られたりする

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【一首評】髪を切った理由のように舞茸と鮭の炊き込みご飯をつくる(國森晴野)

【一首評】髪を切った理由のように舞茸と鮭の炊き込みご飯をつくる(國森晴野)

髪を切った理由のように舞茸と鮭の炊き込みご飯をつくる
/國森晴野「髪を切る」(ねむらない樹 vol.3)

「舞茸と鮭の炊き込みご飯」が美味しそうに立ち上がる歌だと思う。歌に食べ物を詠み込むとき、その食べ物が美味しそうに見えるかどうか、はかなり大事だと思っている。(もちろん、美味しそうには見えないように書かれることが効く場合もある。)そもそも舞茸と鮭の炊き込みご飯というメニューが美味しそうというの

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【一首評】地球から地球儀になるまでのどこかの私たちがぎりぎり住める星(我妻俊樹)

地球から地球儀になるまでのどこかの私たちがぎりぎり住める星
/我妻俊樹「ある県立」(『足の踏み場、象の墓場』)

地球を、地球儀へと変形させる。たとえば、左端を100%地球で、右端を100%地球儀として、スライダーのつまみを左から右へとゆっくり動かしてゆくような。

この変化において、本質的なものは何か。この歌は、「私たち」が住めるかどうか、を問題にしている。「私たち」は、日本人かもしれないし、人

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【一首評】朝の八百屋できみと水菜を買いたいな絶望はいつだって単純だ(初谷むい)

【一首評】朝の八百屋できみと水菜を買いたいな絶望はいつだって単純だ(初谷むい)

朝の八百屋できみと水菜を買いたいな絶望はいつだって単純だ
/初谷むい
(『朝になっちゃうね#01』)

「絶望はいつだって単純だ」に対して、ほんとうに?と思う。複雑な絶望は存在しないの?と。

「朝の八百屋できみと水菜を買いたいな」は希望だと思うけれど、これはかなり複雑だと思う。夜でもいいし、コンビニでもいいし、一人ででもいいし、牛乳でもいいし、投げたいなでもいい。あらゆる希望がありうる世界で、複

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【一首評】風靡する いいね、わたしもいちめんのすすきヶ原で風靡されたい(岐阜亮司)

風靡する いいね、わたしもいちめんのすすきヶ原で風靡されたい
/岐阜亮司「感情の訓練」(『ポストシェアハウス 1号』)

まずは、辞書を引く。

ふうび【風靡】(名)スル
風が草木をなびかせるように、多くの者をなびき従わせること。 「一世を-する」
(『スーパー大辞林』)

そういう意味があるんだなあ、と思う。正確には、聞いたことはあったので、そういう意味があったよねえ、と思う。

辞書の解説では

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【一首評】ちはやぶるレスキュー隊に助けてもらう圧倒的な恋愛の中で(濱田友郎)

【一首評】ちはやぶるレスキュー隊に助けてもらう圧倒的な恋愛の中で(濱田友郎)

ちはやぶるレスキュー隊に助けてもらう圧倒的な恋愛の中で
/濱田友郎「一切の望みを捨てよ」(京大短歌22号)

こういう歌を読むと、安心する。そして、勇気づけられる気がする。

たとえば初句の「ちはやぶる」は、ふつう神に関する言葉にかかる枕詞だけれど、この歌では「レスキュー隊」にかかる。もちろんこれは、助けてくれるレスキュー隊のことを神だと思うようなニュアンスを伝えるためにしていることだけれど、別に

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【一首評】神がかってる日は笑いながらターキーがとれる次がダメでもスペアにできる(谷川由里子)

【一首評】神がかってる日は笑いながらターキーがとれる次がダメでもスペアにできる(谷川由里子)

神がかってる日は笑いながらターキーがとれる次がダメでもスペアにできる
/谷川由里子「ドゥ・ドゥ・ドゥ」

「神がかってる日は」と聞いて、「神がかってる日」って何だ?と思う。何か凄いことが起きて、今日は神がかってる、と言うならわかる。いきなり「神がかってる日は」と言うとき、その「神がかってる」をいつ誰がどう判断しているのか、不思議な気分になる。

「神がかってる日は笑いながらターキーがとれる」と読み

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【一首評】たれさがるピザのチーズを口と手で受け止められたら会話みたいだ(相田奈緒)

【一首評】たれさがるピザのチーズを口と手で受け止められたら会話みたいだ(相田奈緒)

たれさがるピザのチーズを口と手で受け止められたら会話みたいだ
/相田奈緒「珠と珠」

「たれさがるピザのチーズを口と手で受け止め」ること、を想像することは難しくない。服や床を汚すまいと、あるいは食べ物を無駄にすまいと、一生懸命になって落下を防ぐ。きっとそんな経験は、「ピザのチーズ」ではないにしても誰もが何かしらもっているのではないかと思う(シュークリームのクリームとか)。

でもそれを、「会話みた

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