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ついにきた、やりたい期!
皆様おはようございます。
突然ですが、経験しないと分からないこと、世の中には溢れていますよね。
学生時代は母がやってくれていた家事が、こんなに多岐にわたっていたこと、分かっていなかった。
妊活する前は、夫婦になってある程度すれば自然と妊娠するのだと思っていた。
妊娠する前は、つわりって少し嗅覚が過敏になって、ある一定の匂いを嗅いだときだけ「ウッ」ってなるんだと思っていた。
出産する前は、産むのは大変だろうけど、それを乗り越えればおっぱいは勝手にドバドバ出てきて、赤ちゃんはそれを上手に吸って、お腹がいっぱいになったらこてんと寝てくれるものだと思っていた。
そんな「予想外」が人生には溢れている。
ここに書いたものだって今思いついたほんのちょっとの出来事で、もっともっと語りたくなってきたけど今日の本題は別なので割愛。
さて、我が家には愛する二人の息子がいるわけですが、育児はやっぱり予想外の連続ですね。
こんなに予想外の連続を30年生きてきたわけなので、自分の楽観的な部分を疑うことも覚えてきたと思う。
さらにいえば、もちろん兄弟といえど全く別の人間なわけだから、一筋縄ではいかないだろうと頭ではわかっていたはずなのですが。
二人目育児、「そうきたか!」と思う瞬間も多いわけです。
ここ数日、次男の「やりたい期」が発動。
それは、いつかくると分かっていたつもり。
けれど、ここでのやりたい基準が「兄が出来ること」で、本気でそれが出来ると次男が思っているとは正直予想外だった…。
そして先日、小雨がぱらつく中を急いで帰宅し、(もうこのままお風呂に入ってしまおう!)そう私が決意した瞬間。
兄が開けられる玄関のドアは僕にも開けられるはず!と次男が突然はりきりだしたのです。
(身長が足りないから背伸びでドアノブにギリギリ届くというレベル。力も足りないからドアは全く開きません。)
母が抱っこをしたり、ドアノブを引っ張るお手伝いして一緒に開けるのは嫌。兄が手伝うのはもっと嫌。
最終的には周りに兄と母が居て見守られるのも嫌だから先に家に入れ!と言い出す…
我が家の玄関は建物の室内で、玄関先で短時間一人にしてもとりあえず危険は無い。
が、そりゃ心配ではあるわけで。
まぐれでちょっと開いたドアに指挟んだらどうしよう…
ご近所さんがエレベーターから降りて、間違ってエレベーターに乗っちゃったら…?
なんて可能性が頭をよぎる。
けれど、こちらの次男くん、本当に頑固。
やりたいことは自分で経験しないと納得しない。
生命に関わる危険や、人に迷惑をかける可能性は低い…。
仕方ないと腹を括って、母と兄は玄関の中へ入ることに。
「分かった。じゃ、ママとにぃには中に入るからね。頑張ってごらん。」
パタンッとしまった玄関のドア。
閉まる瞬間の次男の不安気な顔。
そして即座にドアスコープから外をガン見する母…!
それを見て呆れた声で「なにしてんの?」と聞く長男。
もぞもぞと動くちびっこい頭を見ながら、いろんな不安が渦巻く。
けれど、やっぱり「出来ない」という経験も必要だと思う。
それを自分で認めて納得することも。
次男は経験を求めている。
私もそうだっだ。
やる前に「やめておきなさい」と言われるのは、自分の力を信じてもらえていないように感じた。
もちろんそれは愛情や大人の経験則からくるものだと今ならわかる。
もちろん危険なときや余裕が無いときはそんなことしていられない。
泣かせても抱きかかえて強制終了させることもよくある。
だけど、やらせてあげられるときはチャレンジしてみたらいい。
そう自分にいい聞かせながら、ドアスコープを覗き続けて1.2分。
困った声で、
「ママぁ…」
聞こえた瞬間に、ドアを開けて次男を迎え入れた。
てへっと笑う次男を見ながら、ぎゅっと抱きしめた。
「まだ届かないから難しかったねぇ。さ、納得したならおくつ脱いでおてて洗おう。」
彼は今、自分でやると決めたことを誰にも邪魔されずにチャレンジしたのだ。
そして自分で「今は出来ない」と認めたのだ。
きっとこれからしばらくこんなことの繰り返し。
だけど、へこたれないで挑戦し続ける強い子になれるかもしれないね。
そんな気持ちを持ちながら、とりあえず見守ろうと再度心に決めたのだった。
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