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復職から一年半、やっとトラウマにさよならできました🌈⛅

わたしは適応障害で休職して、寝たきりで過ごしていた時期があります。
療養し、復職してから一年半弱が経ちました。
この一年半の間はいわゆる窓際族的な課で過ごし、あまり仕事がなくて自己嫌悪してしまう日々でした。
しかし少し前に全く違う部署への異動が決まり、久しぶりに普通に会社の仕事をすることになったのです。

そして先日、異動前最終出社日を乗り越えました!
自分の中でかなり印象深い一日になったため、記録を残しておきたいと思います。

トラウマの克服

わたしは職場でアルコールハラスメントを受けた経験があります。

もともと職場の雰囲気がわたしにとっては最悪だったため、その場にいることを辛く感じることもあったのですが、ハラスメントで完全に心が折れてしまいました。
ですので、いまでも前の課の人たちと会うのはすごく怖いです。

それこそ復職したてのころは彼らを見るだけでパニック発作になったりしていました。
息ができなくなり、トイレで大号泣。
自分が自分じゃないみたいにコントロールが効かなかったです。
パニック発作の怖いところは、一度経験すると同じ状況になったときの恐怖感が続くことだと思っています。

前の課の人たちとは同じフロアで働いていますし、気軽に声をかけあえるような近い距離にいます。
仕事内容も、適応障害のきっかけとなった人たちの雑用を手伝うようなものです。
パニック発作になると会話どころではないため、なるべく会うことがないように逃げながら一年半過ごしてきましたが、もちろんたまにはお話する機会がありました。

そのたび「いつ戻ってくるの?」と声をかけてもらっていて、もちろん向こうは善意で言ってくれているのですがしんどかったな~。

正式に別の部署に異動になり、週明けからは別のビルへの出社となります。
もう会う機会もないのにこのまま逃げるのは性に合わず、挨拶周りをすることにしました。

本当にとんでもなく怖かったけど、頑張って周り、無事発作も起きずでした。良かった。

お酒の席がしんどかったことも笑い話として明かすことができて、なんだかとても心がすっきりしました。

鬱やパニックが影を潜めてからも、ずーっと飲み会については嫌な思い出として残っており、好きな人との飲み会でも楽しめない状態になってしまっていました。
自分のための披露宴なのに、2次会では本当に良い思い出がありません。
何度もパニックになりかけ、その度にトイレにひなんしていました。
いわゆるトラウマになってしまっていて、ずっと心に棘が刺さっている感覚でした。

でも、なんだかわたしいまなら飲み会にも行ける気がします。
もともとお酒が飲めないし雰囲気も苦手なので積極的に行こうとは全く思わないですが、大好きな友達から誘われればいけるかもって思える状態になったんです。

正直わたしは、飲み会は一生行けない身体になったと思っていたので、なんだか安心しました。
別に行きたいわけじゃないけど、「行きたくないから行かない」選択をするのではなく、「トラウマがあるから行けない」のって悲しいじゃないですか。
だからなんだか、とっても安心したんです😌🍃

みんなが温かく送り出してくれた

わたしが所属していた課には訳ありの人がたくさんいます。
ハラスメントを受けて休職し復職したわたしのような人もいれば、アルコール中毒になってしまった人、親の介護で心身ともに弱っている人、もともとメンタル疾患がある人、育児で通常勤務が厳しい人。

いろんな方がいますが、正直そこまで深くコミュニケーションが取れているとは思っていませんでした。
事情がある人が多く深く関わりすぎるのも良くないと思っていましたし、自分のメンタル優先で過ごしてきたため、割と自己中に過ごしてきたというか。

それでも良い人ばかりで、過ごしやすい職場でした。

以前こんな記事を書きました。

わたしの会社には嫌な奴しかいない?
たしかに多いかもしれないし、組織としてはあまり良い状態ではないけど、中には良い人もいるかも。
特に、いま窓際族をしているけど、そこには良い人たちがたくさんいた。
会社からは嫌われてしまっていたり、うまく働けない事情がある人も多いけど、人間性はとても素敵な人ばかり。

記事より引用

わたしは会社での人間関係がきっかけでメンタルを崩してしまったからこそ、会社での人間関係に諦めのような気持ちを持っていました。
しかし、良い人もたくさんいる、温かい人だっているといまの課の皆さんが教えてくれたのです。

特に最終日は凄かった~。
いろんな人が、本当に温かな励ましの言葉をかけてくださったのです。
寄せ書きももらっちゃいました🦭

頂いた言葉の中で忘れたくないものを、本当に嬉しかったので自慢も兼ねてここにメモを載せさせてください。

すっごく嬉しい言葉がたくさんでした…!🥲

嬉しかったことの一部をメモしました✍🏻

わたしは適応障害になったことをきっかけに、もともと低かった自己肯定感がさらに下がってしまっていました。
でも、職場の皆さんから頂いた言葉で、ものすごく回復できた気がするんです。

こんなことを言ってしまっては、noteを読んでくださる皆様に申し訳ないのですが、SNSだとやっぱり猫被ることってできるじゃないですか。
わたしももちろん、こうやって活動している以上、記事を読んでくれる方から好いてもらえるよう良い面を見せています。

でも職場の人へは好かれるかどうかってあんまり気にしたことなくって。
もちろん最低限、みんなが気持ちよく過ごせるように努力はしてきました。
でも、職場の付き合いだから当たり前ですが、noteでやってるみたいに個人個人に愛情を注ぐなんてことはもってのほかだし、自分が健康でいるためにわがままも貫き通してきたし、正直嫌われているくらいだと思っていたんです。

それが、寄せ書きの言葉も、一人一人がかけてくれる言葉も、こんなにも暖かくて。
「優しい」とか「太陽のよう」とか「暖かく真面目な人柄」とか「どこへ行っても大丈夫」とか…
メモしきれなかった言葉もありましたが、本当に全て嬉しかったです。

実はちょっと前にどうしても退職したくなって占いしたら
続けていたら宝物が手に入るって結果に出たんだよね☺️
当たってた!♡

ハラスメントがあった課では
「お前みたいに繊細な性格でいちいちなんでも気にして、酒も飲めないし飲み会を楽しむことができないようじゃ社会人失格だ。
どこへ行っても上手くいくわけない。」

と言われていました。

これは新卒の頃に言われたので、社会人になりたての頃からずっとわたしの胸にあった言葉です。
ずっとずっと忘れられませんでした。
何度傷が癒えたと思ってもお酒を飲んでいる人を見るたびに思い出し、わたしはまともに働くこともできない人間だと思って落ち込みました。

やっと、この呪いの言葉の効力がなくなった気がします。
心が解放されて、軽やかになった感覚です。
わたしの心ってこんなほわほわと柔らかかったんだ、と驚いています。

適応障害になってから夫との恋愛があったり、家族仲がより深まったりしましたが、それだけでは回復できないものだったかもしれません。
諦めず、会社に所属し続けて良かったと初めて感じました😢

そして、noteで励ましてくださっていた皆様にも大変感謝しております。
「辞めても良いんだよ」等の言葉をよくいただき、ある意味逃げ道を知っていたおかげで力が抜けて続けることができる状態にしてもらったと思ってます。

復職してから1年半、特に最初のうちは本当に辛かったけど、ここまで続けて来れて良かったです。
今後どのようになっていくのかなんて分かりませんが、異動先ではちゃんと頑張ってみようと思います。
いまの職場と異動先とでは、転職したかのように仕事内容が変わりますし、出社するビルさえ変わります。
本当にドキドキですが、楽しみです🥰

クリエイター活動との両立はより難しいものになりますが、応援していただけると本当に力になります。
よろしくお願いします。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました😊

うたたね🪻

適応障害の症状が寛解したのは、夢を見つけたからだと思っています。
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