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美術品に命を吹き込む影の職人、復元師: 李朝白磁に宿るわびさびを蘇らせる (元教授、定年退職219日目)

前回は、ボストン美術館と東京国立近代美術館のバックヤードで活躍する美術修復家の方々による作品の修復についてお話ししました。今回は、NHK BS の番組「ゴッドハンド:流転の秘宝を復元せよ」から、より困難な条件下で復元に挑む職人たちの物語をご紹介します。


困難な復元に挑む「復元師」たち

本番組に登場するのは、「復元師」と呼ばれる職人たちです(タイトル写真:注1)。彼らはオリジナルの手法と材料で、どんな傷も無かったことにしてしまう専門家です。預かった作品は誰にも見せず、世間にも公表しないので、長い間、影の存在として活動してきました(下写真)。

影の存在として活動していた復元師(注1)

番組には「美術古陶磁復元師」として、繭山浩司さんと悠さん親子が出演していました。なぜそこまで完璧に復元するかというと、「傷や欠損があると、どうしてもそこに目が行きがちになり、美術品本来の素晴らしさが見えにくくなってしまうから」とのこと。そのため、他人に修復したことを気づかせないことに、復元師一家に脈々と受け継がれる強いプライドが垣間見えました。


清朝の皇帝、乾隆帝の花瓶の復元

番組のメインは、中国清朝の時代に乾隆帝(第六代皇帝、1711 - 1799)の花瓶に破損と欠損があり、それを修復することでした(下写真)。この花瓶は、100 年ほど前に日本に持ち込まれたもので、イギリスのヴィクトリア&アルバート博物館に所蔵されているものと対になっており、「人類史上最高の瓶」とも称され、時価数十億円の価値があるそうです。

清朝 乾隆帝の花瓶の復元(注1)
復元部の拡大図(注1)

300 年前、景徳鎮の皇帝の窯(官窯)で焼かれ、花と蝶の西洋風デザインが中国の技術と組み合わされた逸品です。72 人の優れた職人の手を経て完成したとされるこの物語はとても壮大なので、また別の機会に詳細にご紹介したいと思います。


李朝白磁瓶のわびさびの味わいを残した修復

今回は、番組内でもうひとつ取り上げられていた「李朝白磁の修復」について詳しくご紹介します。それは「『すきもの』の依頼」として、風流で独特な趣のある依頼で、上記の「清朝の花瓶」とは異なるアプローチでした(下写真)。

『すきもの』の依頼(注1)

依頼主は文筆家の白洲信哉さんで、白洲次郎さんや小林秀雄さんの親族にあたる方でした。品物は約 400 年前に朝鮮半島で焼かれた李朝白磁面取瓶で、代々お酒を入れる容器として愛用されていました。依頼内容は、口の部分の修理でした。

白洲さんの祖父である小林秀雄さんも、この瓶を手元に置いて愛用していたそうです(下写真)。白い肌に浮かぶ濃淡のシミは、代々の持ち主が水や酒を入れて使ううちに沁み出たもので、偶然が生み出した景色を珍重してきたそうです。すなわち、マイナスの要素をかえってプラスにして味わう、日本人が大切にしてきた「わびさび」の精神に通じる美意識と言えるでしょう。

小林秀雄さんもこの瓶を手元に置いて愛用(注1)


最も重要な修理箇所は、過去に漆と銀で修復された口の部分で、その劣化が問題でした。まず、その部分を丁寧に外し、再修復することが決定されました。元の風合いを損なわないよう、漂白などは行わず、現状を最大限に保存する方向で修復が進められました。

李朝白磁面取瓶の復元(注1)
復元部の拡大図(注1)

まず、欠損部分の型を歯医者で使われるシリコンで取り、石膏でその部分を精巧に作成します。その後、顔料と樹脂を塗布していくのですが、自然なシミを再現しようと試行錯誤を繰り返しました。独自の材料で色の調整を重ね、最終的に美しく仕上げることができました。(下写真をどうぞ)

欠損部分の型をシリコンで取る(注1)
独自の材料で色の調整を重ねる(注1)

さらに、瓶に元々ついていた小さなひび(ニュウ)を再現するため、火で容器を炙り、樹脂が固まる前にナイフで傷を付けました(下写真)。そこに、栗の煮汁などを使って汚れを入れていきます。

ひび再現のため容器を炙る(上)、細い銀の線をつける(下)(注1)

仕上げに、区切りとして細い銀の線をつけるのですが(上写真)、線香花火の硫黄成分を用いて銀をいぶし、時代が経過したような黒い風合いを出す工夫もされていました。完成した瓶を受け取った白洲さんは、その出来栄えに大変喜び、早速お酒を入れて乾杯していました。

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最後に、復元師たちは「仕事に手間をかけることが、品質が向上させる秘訣」だと語っていました。特に、「自分の理想の 90% までできたものを、91%、92% にするために 2 倍、3 倍 の時間をかけないと、うまくはいかない」という言葉には、深く共感を覚え、感銘を受けました。

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注1:NHK BS の番組「ゴッドハンド:流転の秘宝を復元せよ」より




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