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第37回 『魯肉飯のさえずり』 温又柔著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 わたしはアジア大好き女子で、とりわけ台湾はお気に入り。週末に女友達と、時にはひとりで台北へのプチ旅行、よくしてました。でも最近はなかなかそんな機会もなくって……さみしいなーなんて思ってたところに、先日、本屋さんをぶらぶらしていると、文芸コーナーで懐かしい字面が目に飛び込んできました。

“魯肉飯”

 ルーローファン!!
 わたしの大好きな台湾フードです。
 小籠包や豆腐花、マンゴーやワックスアップルなど、挙げたらキリがないけれど、なかでもルーローファンは大のお気に入り。豚肉煮込みの混ぜご飯って言ったらいいのかな、台湾おなじみの香辛料である八角の香りが効いていて、食べだしたら止まらないほど、とっても美味しいんです。
 どれどれ。その本を手にとってみると、タイトルには、

『魯肉飯のさえずり』とあります。

 ルーローファンがさえずっちゃうの?
 なんだか妙にソソられるタイトルに読書欲(食欲だったかも?笑)が刺激されて、わたしはその本を買って読むことにしました。

 あれ? あらためて表紙のタイトルに目をやると、魯肉飯には、小さなルビで読み仮名が振られています。

“ロバプン”……

 え、ルーローファンと読むんじゃないの?
 不思議に思いながら読み進めると、そこにはわたしの知らなかった世界が広がっていて──

 東京と台北を舞台に、台湾人の母親と日本人の父親をもつ女性 桃嘉(ももか)と、その母親 雪穂(ゆきほ)の成長と覚醒を描いた『魯肉飯のさえずり』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 魯肉飯って、
 中国語では、ルーローファンと言って、
 台湾語では、ロバプンって言うんですね。
 わたし、ぜんぜん知りませんでした。

 台湾では、その辿ってきた歴史から、台湾語と、中国語、それから日本語が話されてきた。いま現在どの言語を話せるか、話せないかは、その人の生きた時代や受けた教育によって異なる。そのことをこれまでなんとなくは認識していても、ちゃんとはわかっていなかったと思います。

 この小説に登場する桃嘉という女性は、日本人の父親と台湾人の母親と日本で暮らしているため、母語は日本語で、台湾語や中国語は母親の雪穂からの聞きかじり程度しか話せません。彼女は、結婚相手の夫から「ふつう」の女の子であることをことごとく求められ、傷ついていきます。
 一方、台湾で生まれ育った雪穂は、台湾語と中国語を母語として話し、日本語を完璧に話すことができません。娘が子供の頃は、「ふつう」のお母さんであることを求められ、戸惑い、苦しみます。
 桃嘉が、母親の雪穂に「ふつう」を強いていたことに気がつくのは、大人になってからのことでした。母のつくる魯肉飯に八角が使われていないのが、かつて「台湾っぽい」料理を嫌った自分のせいであることを知って、思い至るのです。

 言葉って、凶器になる。自分にとっての「ふつう」を知らず知らず押し付けてしまうことで、大切な人を傷つけてしまう。
 桃嘉になって(コスプレして?)この本を読みながら、はじめは自分を傷つける夫に腹立たしさを覚えていたのに、桃嘉自身が母親につらい言葉をぶつけていたことに思い至って、わたしはハッとさせられました。

 でも、言葉って、薬にもなるんですよね。傷ついた心を癒すことができる。そして、その言葉は、通じればいいってものじゃない。心にどれだけ響くかが大事。そのことにも気づかされました。

 作品の中で、桃嘉が台湾にある母の故郷をひとりで訪ねるんです。そこには桃嘉を心待ちにする母親の姉たちと、祖母がいて、中国語や台湾語を交えて賑やかに話す彼女たちに、桃嘉はついていけません。でも、ついていけなくてもいいやって思えるんです。そのうち、彼女たちの話し声がまるで鳥のさえずりのように聞こえてくるんです。そして、桃嘉はそのさえずりの中に母親の生まれ育った場所を見出します。そんなさえずりに囲まれた円卓で祖母お手製の魯肉飯を食べた桃嘉は、とっても幸せだなーなんて、わたしは自分のことのように感じ入っちゃいました。

 家族のありようって、きっと食卓で形作られるものなんでしょうね。同じ料理を分け合って食べながら、楽しくおしゃべりする。時には口ゲンカになったりもするけれど、そうやって、言葉を交わすことで、絆を深めていく。安心できる場所がそうして揺るぎないものになっていく。食卓っていいなーって思っちゃいました。
 この本の読み始めは、旅先で食べた魯肉飯を食べたくなっていたわたしですが、読み進めるごとに、別の料理が無性に恋しくなっていって──。

「ママー元気?」
「あらどうしたの華ちゃん。連絡くれるなんて珍しいわね」
「今度の週末、そっちに帰ってもいい?」
 わたしは母親のつくる肉ジャガがどうにも食べたくなって、プチ帰省することにしました。食べるだけじゃなくって、作り方もしっかり教わってくるつもりです!
 いろんな言葉のさえずりのいつまでも絶えないような幸福の食卓、わたしもつくっていきたいと思いまーす。


 さん、どうもありがとうございます!
 ぼくもこの作品のタイトルにやられてしまったうちの一人です笑 海外旅行に出かけるとしたら、桃嘉のお母さんの故郷である淡水にぜひ行ってみたいなと思いました。そして魯肉飯を爆食いしたいです!笑
 この作品を読むと、ぼくたちが日頃なにげなく口にしている言葉について、改めて考えさせられます。作中では、娘との関係に思い悩む雪穂を、彼女の母親は台湾語でこんな風に言って励まします。

 ことばがつうじるからって、なにもかもわかりあえるわけじゃないのよ。(作中より引用)

 完璧に通じ合える言葉がないからこそ、お互いに苦しい時をくぐりぬけてきたからこそ、心から分かり合える瞬間を、ぼくはこの作品の中で見届けることができたように思います。
 そして、この作品には、最後に注釈として、「本文中、カタカナで表記された台湾語は、台湾人の両親を持つ筆者の記憶に基づいた表現であるため、発音や文法などが正式な台湾語とはやや異なっている場合があります。何卒ご了解ください」と記されています。
 言葉って、学校で習うものが唯一の正解なのではなく、その言葉を受け取るその人が主観的に感じ取ったものこそ、唯一の真実なのですよね。なんだか胸打たれました。
 さん、プチ帰省、思いっきり楽しんでくださいね!

 それではまた来週。 

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