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第43回 『推し、燃ゆ』 宇佐見りん著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、鈴子さん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 突然ですが、太郎さんは「推し」ってご存知ですか?
 アイドルや歌手、俳優など、自分が好きで応援している有名人のことを「推し」と呼ぶそうで、「推し」を応援することを「推す」って言うらしいんです。
 わたしの家の近くにはライブハウスがあって、よくその辺りに追っかけのファンたちがたむろしてるんです。誰のライブかによって、髪型も服装も男女比率もぜんぜん違うんですけど、わたしは前を通り過ぎるたび、ウチワとかタオルとか、お揃いのものを持ったり身につけたりしている彼/彼女たちを横目に、よくやるなー、なんて感心してました。感心っていうより、疑問に近い感覚。
 あなたたち、どうして、そんなにがんばって推しを推してるの? ──わたしにはまったく理解できなかったんです。

 そんなところに、さいきん本屋で
 『推し、燃ゆ』っていう本をみつけたんです。

 芥川賞の候補にノミネートされているみたいで、店頭で平積みされてました。帯をみたところ、どうやらアイドルの追っかけをしてる女の子が主人公のよう。
 ちょっとした生態研究のつもりで読んでみることにしたんですけど、わたし、はっきり言ってナメてました──

 アイドルを推すことにすべてを注ぐ女子高生を綴った『推し、燃ゆ』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!

 なんて生きづらいんだろう……。
 主人公の高校生あかりは、学校でもバイト先でも家でも、生活がままならない。そんな彼女にとって、推しを推すことは生きることそのものなのでした。

 推すことはあたしの生きる手立てだった。業だった。
(作中より引用)

 わたしはそれまで、推しを推すということを、趣味の一環みたいに軽く捉えてたんだと思います。あるいは恋愛に似たもの。見返りがあるわけじゃないのに、なんでそんなにのめりこむんだろうって思っていたけれど、完全に誤解していたようです。

 そんな彼女の生命そのもののような存在の推しが、ある日、女性を殴ったというスキャンダルを起こして炎上騒ぎになってしまうことで、あかりの暮らしが揺らぎはじめてしまいます。

 ところで、この作品には「重さ」という単語がたびたび登場します。

 勝手に与えられた動物としての役割みたいなものが重くのし掛かった。(作中より引用)

 自分の女性としての身体。学校での勉強。バイト先で求められる社交。高校卒業後の進路。家族との確執──生きることの苦痛、あるいは、大人になってしまうことへの不安や恐怖が、重さとしてどんどんあかりにのしかかってきてしまう。

 そうした重苦しさに耐えながら、物語の終盤、推しのライブにあかりはひとり出かけて、全身全霊で叫び、飛び跳ねて推すんですけど、その気迫は凄まじいものでした。

 推しを取り込むことは自分を呼び覚ますことだ。諦めて手放した何か、普段は生活のためにやりすごしている何か、押しつぶした何かを、推しが引きずり出す。だからこそ、推しを解釈して、推しをわかろうとした。その存在をたしかに感じることで、あたしはあたし自身の存在を感じようとした。推しの魂の躍動が愛おしかった。必死になって追いつこうとして踊っている、あたしの魂が愛おしかった。(作中より引用)

 読んでる間中、まるで自分があかりになってしまったみたいで、ずーっと苦しかったのですが(あかりにコスプレしてたってことですね?)最後の最後にフワッと軽くなる。ああ、綿棒を選べてよかった(気になった方はぜひ読んでみてください!)。少しだけ、笑えました。
 わたしはこのお話を、ただの辛いお話ではなく、あかりっていう、わたしだったかもしれない女の子の成長譚として読みました。

「よくやるよなー」
 近所のライブハウスの前を通りかかった時、そこにたむろする追っかけのファンたちを見て、夫は呆れたようにこぼしました。同意を求めるような目でこちらに顔を向けてくる夫に、わたしはきっぱりと言いました。
「ああいう人生もあると思うよ」
 本を読んで以来、みんな同じように見えていた追っかけのファンの子たちがひとりひとり別々の人間に見えるようになったんです。みんな、いろんな思いで推しを推してるんだろうなーって。わたしもがんばらなきゃなーって。
 そういう風に思えるようになったのは、きっとあかりちゃんのおかげです。


 鈴子さん、どうもありがとうございます!
 ぼくもこれまで、小説の中のキャラクターに熱をあげることはあっても、生身のアイドルを追っかけることはなかったため、この作品を読むことで、いろんなタイプのファンがいるのでしょうけれども、アイドルファンをコスプレでき、そして、推しを推すことの動機の一端を垣間見ることができたような気がしました。
 この作品の書き手は、文藝賞でデビューした作品で、三島由紀夫賞も受賞。第二作目である今回の作品では芥川賞の候補作品にノミネートされている、いまもっとも注目されている新人作家のおひとりではないでしょうか。さて次作はどんな作品を読ませてくれるのか、とっても楽しみです。
 鈴子さん、またお便りしてくださいねー。

 それではまた来週。 

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