第47回 『水と礫』 藤原無雨著
こんばんは、JUNBUN太郎です!
今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
ラジオネーム、デジャビュー太郎さん。
JUNBUN太郎さん、こんばんは。
ここんとこずっと家にいるじゃないすか。ステイホームってみんな言うけど、引きこもりとほぼ同じすよね。飲み会だって、合コンだって、いまやなんでもできちゃうけど、やっぱり、なんか窮屈じゃないすか? 毎日毎日おんなじ場所で、寝て起きて食べて、寝て起きて食べて、の繰り返し。単調な日々。曜日感覚なんてとっくにないし。まさに、無限ループ地獄、みたいな?
昨日と今日って、何が違ったんだろう。これって先週もやってなかったっけ……そんな既視感にさいなまれる日々。その反復。なんか、そういうのに飽き飽きして、むさくさしてたんす。
ネットの動画もいいかげん見飽きたし……
よーし、たまには小説でも読んでみるかってことで、
『水と礫』って作品を読んでみたんす。
帯を見ると、どうやら文藝賞っていう文学賞の受賞作らしく、俺でも知ってる選考委員の作家先生たちが「破格の新星」って絶賛してる。この春、新卒採用が取り消された俺としては、「新」って文字にチョー敏感。どんなジャンルでもいいから、いつか俺もそんな風に言われてみてーなーなんて思いながら、購入ボタン押したんす。
で、読み始めると、主人公はクザーノっていう男で、東京で仕事してたんだけど、事故を起こしちゃって、故郷に戻り、ある日、彼の弟分だった甲一って男を追って旅に出る。故郷の町に隣接する砂漠を渡り、やがて未知の町へとたどり着く。ふー、そこまで読めた。ちょっと休憩。なんせ本読むの久しぶりだから、休み休み行かないとなんす。
でも、この本、ご親切なことに「1」「2」「3」って章がこまめに振られているから読みやすい。よーし、いよいよ「4」章に張り切って突入だーって思ったら、ん?、「1」って書いてある。「4」じゃなくて、「1」? 目をこすってみても、やっぱり「1」ってなってる。俺まさか、誤植発見しちゃった? なんて思いつつ、読み進めてみると、クザーノが東京でまた仕事してる。んで、事故起こしちゃって、田舎に戻ってく。……なんか、話がループしてるんすけど……めっちゃ嫌な予感……小説までループ地獄かよっ!?涙笑 喋らない本にひとりツッコミを入れながら、とほほな気分で読み進めていくと……いつの間にかページをめくる手が止まらなくなってました──
体に溜まった水分に苛まれる男が冒険の末に行き着いた果てとは……奇跡の無限拡張ループ小説『水と礫』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!
これ、すごいんすよ。
「1」「2」「3」が終わると、また「1」「2」「3」。それが終わると、また「1」「2」「3」の繰り返し。なんと7回もそれを繰り返す。基本的には、東京から帰郷した男が、砂漠を渡って、未知の町へとたどり着く、っていうストーリーなんだけれど、繰り返されるうち、時間的にも、空間的にも、重層的に、多面的になっていって、どんどん世界が広がっていく。
故郷に残してきた家族の辿ってきた歴史、それから未知なる町で新たにつくっていく家族や先代の歴史が「1」「2」「3」が繰り返されるたびに、どんどん膨らんでいって、気がつけば6代の家系図にまで広がってる。しかも、ただ細密に広がっていくのではなく、ループするたび、時空にちょっとしたズレが生じていて、例えば、甲一っていう男は、主人公クザーノを慕う弟分的存在で、クザーノにとって守ってやらなければならない存在なんだけれど、甲一の存在する時間や場所の設定が微妙に変化していくんす。矛盾ちゃ、矛盾なんですけれど、そのネジレのようなものが、作品の世界を現実よりもいっそうでっかくしてくれている感じ。
そもそも、日本のどこかと思われるクザーノの故郷から広大な砂漠を渡って未知なる町にたどり着くっていう、地理的設定からして、現実世界をはるかに超越しちゃってますよね。とにかく、そういう壮大な世界に浸ってるうち、あーなんて俺はちっぽけな存在なんだって、思えてくる。いい意味で。
物語の終盤、クザーノが孫のロメオに語るんす。
「おじいちゃんの中は、おじいちゃんの知ってる大切なこと、知らない大切なことでいっぱいだ。紅茶を飲んだり、葉巻を喫ったりしてるときに思い出すんだよ。見たこともないことを思い出す。誰かの見た風景だ。人生なんていうのは、人間がひとりじめする風景のことだ。でもそんなものは無いし、あっちゃいけない」(作品より引用)
なるほどね、いま自分が目にしている風景は、自分ひとりで見ているものではなくって、これまで連綿と続いてきた家族みんなの風景なんだ。そう思うと、自分の「人生」って枠組みで思い悩んでいることが、ちょっとどうでもよくなってくる。
クザーノは、東京の暮らしで体に溜め込んでしまった悲しい水分にずっと思い悩まされていて、そもそもその水分をからっからに乾かすために、死を覚悟してまで冒険に出る。クザーノに完璧に同期(コスプレ?)してた俺は、物語の最後の最後に行き着いた境地に、まるで自分が救われたような気がしました。
本って、手のひらに乗ってしまうほどちっちゃくて軽いのに、本の繰り広げる世界は地球よりもでっかいくらいに無限大なんすね。
現実の世界では、ぶっちゃけ、俺のリモート就活あんまうまくいってないんすけど、まあ、俺なりに冒険してみようかなーなんて思ってます。てか、ちょっとワクワクしてる。だって、世界はでっかくて無限大なんだしっ! ね、太郎さん。
デジャビュー太郎さん、どうもありがとう!
ぼくもこの作品読みましたよー。読み進めるごとに、スケールが広がっていく感じ、新感覚ですよね。どこか神話や聖書を読んでいるような気にもさせられました。
なにかと単調になりがちな日常ではありますが、そういう時こそ、本を手に取ってみると、何か新鮮な発見や気づきが得られるかもしれません。
デジャビュー太郎さんの就活またの名を冒険、ぼくも応援してます!
それではまた来週。