第23回 『最後の息子』 吉田修一著
こんばんは、JUNBUN太郎です!
今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
ラジオネーム、ヨシ子さん。
JUNBUN太郎さん、こんばんは。
私は専業主婦です。大学生の息子を上京させておりまして、いまは夫と二人、片田舎で暮らしております。
普段、私は本を読まないのですが、先日書店をきまぐれに覗いた際、文庫本コーナーで気になる本をみつけたのです。
それは『最後の息子』という小説です。
タイトルにあるこの言葉を以前、私は耳にしたことがありました。その時はあまり気にもとめずに聞き流していましたが、書店でその本を目にした瞬間、その時の光景が不意に蘇ってきたのです。
「最後の息子ってさあ、なんだか寂しか言葉やね?」
「なにぃ? あんた、詩人にでもなるつもりかいね?」
「はは、それも悪くないじゃんね」
年末に帰省した息子が、テレビを観ている最中に突然、独り言のようにこぼしたのです。息子はその時、笑っていましたが、どこか寄る辺ないような、遠い目をしていました。
あの遠い目の意味。そのヒントが得られるかもしれない。そんなことをうっすら期待しながら、私はその本を購入し、その晩、さっそく読んでみました。
すると──
定職につかずオカマと同棲するぼくの日々を描いたモラトリアム小説『最後の息子』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!
なるほど、最後の息子とは、子孫を残すことのできない同性愛の男性を意味しているのでした。
息子はこの本をきっと読んだのだろう。そう思いました。そして、私に何かを訴えたくて、あんなことを口走ったのだろうと思いました。母親の直感です。
息子が同性愛者であろうことは、わかっていました。私は母親です。わかります。
けれども、そうした息子の生きづらさや苦悩についてはわかっていなかった。いや、わかろうとしていなかったことに、私はこの本を主人公の「ぼく」の気持ちになって(コスプレして?)読んでみることで気がつきました。
社会に出る前の、まだ何者でもない、それゆえ夢に満ちた、かけがえのない人生の一季節を、「ぼく」はなんと他人に気を遣っていることでしょう。自分を殺して、他人の期待に必死に応えようとする。友人を死に追いやった暴力に怒り狂いながらも、その一方で、同棲相手の期待に応えるために自ら暴力を振るう。そのどちらの暴力にも正義を貫けずにつのっていくばかりの自己嫌悪──。
演じてるんですね。同棲相手に日常的にビデオカメラを向けられるようになって、「ぼく」はよりいっそう誰かの期待する自分を演じるようになったのかもしれません。けれども、それは「ぼく」に限ったことではないのかもしれません。
私だって演じています。夫は私のことをわかっていないし、私も夫のことをわかっていない。お互いに期待する夫と妻を演じている。世の中の夫婦は多かれ少なかれ、そういう部分があるものではないでしょうか。作品の中の「ぼく」のお母さんも、夫の前で貞淑な妻をずっと演じ続けていたんだと思います。ひょっとすると、「ぼく」の前でも演じていたのかもしれません。息子が付き合っている彼女が、ほんとうは彼女ではないことに気がついていた。でも、もしそうだとしても、私はこのお母さんを責めるつもりはありません。どうであれ、彼女は息子を愛していたと思いますから。
私はいったい息子に何がしてやれるのでしょうか──。
「お母さんね、最後の息子って小説、読んだんよ」
息子にLINEしてみました。
「ふーん」
いつものように気の抜けた返事が返ってきました。
「なんか、このタイトルの言い回しが、お母さんにはちょっとしっくりこんでね。考えたんよ」
「うん?」
「息子the FINALとかってどう? ちょっと映画みたいでカッコよくない?」
「は?笑」
「でな、母the FINALっていう響きも、イカしてるって思わん? お母さん、こんな映画あったらぜったい観に行くわ」
「勝手にどーぞ笑」
「母the FINALに主演したって、お母さんぜんぜん構わんからね。それより、あんた、体だけは大事にせなあかんで。周りの人を大事にせなあかんよ」
すると、しばらく沈黙があってのち、息子から、メッセージはありません、ただ写真がポンっとひとつ送られてきました。その写真には、息子の隣に同級生だろう青年が写っていました。
二人ともいい笑顔でした。
それから私はLINEで息子に夜中過ぎまで質問攻めにしたのですが、その話は長くなりますから割愛させていただきます。
それにしても、人と人ともそうですが、人と本というのも、縁なのですね。
この本に出会えたことを感謝します。
ヨシ子さん、ありがとうございます!
息子さんの言葉から巡り巡って出会った本。その本から、また巡り巡って息子さんに届けられた新たな言葉──。
言霊ってすごいですね。ヨシ子さんもそうですが、息子さんもきっと驚かれたでしょうね。ヨシ子さんのネーミングセンス、ぼく大好きです!笑
ところで「最後」つながりでいうと、最後の読書、というのもありますよねー。読書the FINAL。リスナーの皆さんは人生の最後の一冊に、何を読みたいですか?
ぼく自身は何を読みたいかさっぱり考えつきませんが、これが最後になるかもしれない、そう思って日々心して目の前の本を読んでいきたいと思います!
ヨシ子さん、これをきっかけに本をまた読んだら、お便りくださいね! 息子さんの続報もお待ちしていまーす。
それではまた来週。