第24回 『第七官界彷徨』 尾崎翠著
こんばんは、JUNBUN太郎です!
今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
ラジオネーム、苔桃ゼリーさん。
JUNBUN太郎さん、こんばんは。
どうして、会社には、失恋休暇ってないんだろう?
職場の同僚にわたしがぼやいていたら、彼女が翌日、一冊の本をもってきました。表紙には見慣れないタイトルが記されています。
『だいなな・かんかい・ほうこう』?
中身がどんな本なのか、さっぱり想像できません。
「わたし、同情とか、慰められたりとか、そういうの求めてないよ。ただぼけーっとして、何も考えないでいたいだけなんだけど」
正直、人から本を貸される(自主的に借りるのではなく)のは苦手です。読まなきゃっていうプレッシャーがあるから。同僚はわたしの心の声まで察したのか、
「まあ、無理せずさ、通勤途中にでもページ開いてみてよ」
そう言って、微笑みました。
わたしは半信半疑のまま、帰りの電車の中で表紙をめくってみました。すると、ぼけーっとして過ごす失恋休暇よりもだんぜん効く世界がそこに広がっていました──
詩人を夢見る少女のちょっと風変わりな下宿生活を綴った新感覚青春小説『第七官界彷徨』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!
赤い縮れ毛であることを心配してくれる祖母の元を離れて、入院患者に片想いする医師である上の兄 一助と、部屋で大根と苔を栽培しながら植物の恋愛について研究する下の兄 二助、音大受験を目指す浪人生の従兄 三五郎の住む家に暮らし始めた「私」。同居人たちはみんな風変わり、っていうか、はっきり言って、変人で、わたしはページをめくるたびにカルチャーショックを受けました。え、ここは外国? 例えるならば、遠くの異国にひとりホームステイしている感覚。でも、読み進めていくうちに、ぶち当たる違和感のいちいちが、不思議なことに、だんだんと心地よくなっていきました。なるほどね、共感できないからいいんだ! 登場人物の誰にも感情移入しようとしないから、気持ちが疲れない。淡々と読み進めていけるのです。
思えば、この作品の登場人物はみんな、失恋者。誰かへの想いは叶わない。恋が実るのは、なんと植物のコケだけ! あーわたし、来世はコケにでもなろうかなあ。そうしたら二助に育ててもらいなって、ゆるーく妄想していました。
主人公の「私」は、人間のもつ五感の先にある第六感の、そのまたさらに先にある「第七官」に響くような詩を書くことを夢みてるっていう、これまた「ふーん」ってやり過ごせる(いい意味で)タイプの不思議ちゃんで、日々の暮らしの中でこれが第七官かもっていう仮説を次々発見していくのだけれども、結局はわからないまま、ありふれた恋の詩を書いてる。なんか、かわいい。けなげ。友達にはなれないかもだけれど、いい子。
このタイトルにある、だいなな・かんかい・ほうこうって、まさに、存在するかもわからない、限りなく存在しないに違いないものをずっとずっと探し求め続けるという行為なのだろうな、と思いました。きっとそれには終わりがない。終わりがないって、ほとんど奇跡ですよね。恋でもなんでもたいていは終わりがあるというのに。
この本を読んで以来、私にはひとつのパラレルワールドができたみたいです。コケだけが恋の成就する世界。ないものを探し求める終わりのない世界。そんな世界を同時に生きる方が、ただ現実世界でぼけーっと過ごすよりもよっぽど失恋には効く。
愛しき我がパラレルワールドと現実世界との接点として……わたしは美容室に行って、長かった髪をばっさり切りました。「私」のようにおかっぱにして、赤く染め、チリチリのパーマをかけました。終わった恋のせいではなく、終わりなき探索のために切ったのです。この髪型をいまとても気に入っています。
苔桃ゼリーさん、どうもありがとう!
た、し、か、に、ね。自分のことをわかってくれるって思えるような、共感できるものをつい求めがちだけれど、まったく共感できない異界っていうのも時には救われるものなのかもしれないね。
ちなみに、この作品は、作者による解説を読むと、当初は、始まりと終わりのない円環状のストーリー構造にしようとしていたみたいです。この作品に終わりなき探索のストーリーを嗅ぎ取った苔桃ゼリーさんの嗅覚はするどい!
来世にはコケになるとして……現世では苔桃ゼリーさんに素敵な出会いがあるよう祈ってまーす。
それではまた来週!