第33回 『影裏』 沼田真佑著
こんばんは、JUNBUN太郎です!
今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
ラジオネーム、りえ子さん。
JUNBUN太郎さん、こんばんは。
この前、友達から面白い映画を観たと聞かされました。
『影裏』という作品です。
調べてみると、どうやら小説が原作になっているようです。さっそくわたしは購入して、読むことにしました。
映画と原作小説って、いろんな楽しみ方があると思いますが、わたしはだんぜん、映画を観る前に原作を読む派です! だって、その方が、先入観なく原作を読めるし、それに、映画を観る時に、自分が原作から想像した世界と映画の世界とを比べていくことができますよね?
読み始めると、冒頭、岩手の自然豊かな川辺を主人公の男性「わたし」は日浅という男と釣り場へと向かっています。美しい自然のありようをそのまますくいとったような生き生きとした描写に、わたしは一瞬にして「わたし」になっていました。
ほどなく、日浅という男が「それがどういう種類のものごとであれ、何か大きなものの崩壊に脆く感動しやすくできていた」ことが明かされます。どこか不穏なものを覚えながら読み進めるうち、その生命力溢れる川の水は、やがて、たくさんの命を飲み込んだあの津波のイメージへと繋がっていくのでした──
東日本大震災を境に音信不通となった元同僚との日々を綴った、ある喪失の物語『影裏』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!
仕事の都合で岩手に単身移り住んだ主人公の男性「わたし」は、地元に頼れる家族や一緒に遊べる友人がひとりもいない。東京で付き合っていた男とも別れている。そんなところに、一緒に釣りをし、酒を酌み交わすようになった日浅という元同僚の男が東日本大震災を境に音信不通となってしまう。わかっているのは、その日、彼が仕事で釜石に出かける予定だったことだけ。まさか、津波に飲まれたのではないか──。
この作品には、「わたし」の気持ちが文字ではほとんど書き込まれていません。けれども、読むほどに「わたし」の日浅への気持ちが体中に痛いほど湧きあがってきました。
家族でも、恋人でもない。では親友と呼べるのか。きっと、関係を人に訊ねられたら、元同僚と答えるしかないのだろう男に「わたし」が見出した希望あるいは欲望、そして、そんな彼を喪失してしまうことへの恐怖──そうした普段はなかなか声に出されることのない、孤独な者の切実な叫びを、わたしはこの小説を読みながら自らあげているのでした。
映画を観ると、「わたし」役は綾野剛さん、日浅役は松田龍平さん。なるほど、この映画を作った監督は原作をそんなルックスの人物になりきって読んだのだなー(太郎さんの言葉を借りれば、コスプレ、ですね?)なんて思いながら、わたしは綾野剛さん演じる「わたし」をコスプレしながら映画を鑑賞しました。
原作と映画では、いろいろと違いはありましたが、一番の違いは、何と言っても、映画には「わたし」が感情をあらわにするシーンがあったことです。
自宅で夜な夜な二人で酒を飲んでいるうち、「わたし」は気持ちを抑えきれずに、日浅に無理やりキスするのです。
なるほどー、監督は、原作をそういう風にコスプレしたんだなー。それは、わたしにとって既視感のあるシーンでした。
「え、キスしないの?」
映画のことを教えてくれた友達にそのことを話すと、彼女は心底驚いたというような声をあげてから、うなるようにこぼすのでした。
「あそこが、いいシーンなのに…」
わたしも映画のあのシーンは好きです。
でも、原作の小説もとてもよかった。
もしかすると、小説というのは、書かれていないものを感じ、そこから自由に想像することができることが魅力なのかもしれません。
とにかく、わたしはこれからも、映画を観る前に原作を読む派で行こうと思います!
りえ子さん、どうもありがとうございます!
たしかに、小説は、作者が本当に伝えたいものほど、文字としては書かれていないものなのかもしれませんね。
小説はどんなものであれ、他でもない一人の人間について書かれているという意味ではすべてがマイノリティ小説であると言えると思うのだけど、とりわけこの作品は、ともすればかき消されてしまいがちな一人の人間のか細い声を誠実な筆ですくいあげた類い稀なマイノリティ小説と言えるのではないでしょうか。
映画と原作本って、まず観るか、まず読むか、人によって違いそうですよね。ぼくも、りえ子さんと同じ、映画を観る前に原作を読む派です! でも、もっと正確に言えば……映画を観る前に原作を読んで、それが面白いと期待を裏切られるのが怖くて映画をなかなか観られない派です!笑
またお気軽にお便りしてくださいねー!
それではまた来週。