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第60回 『九年前の祈り』 小野正嗣著
こんばんは、JUNBUN太郎です!
今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
ラジオネーム、ベースボール太郎さん。
JUNBUN太郎さん、こんばんは!
ぼくは中学2年です。地域の野球チームに入ってます。ポジションはベンチ!笑 そう、ずっと補欠なんです。
レギュラーになれますように!って毎日祈ってるんですけど、いまのところ効果ナシ。がんばるしかないですね。ははっ。
この前、雨で練習がなくなった日曜日、自宅の本棚にみつけた文庫本をなんとなく読んでみたんです。
『九年前の祈り』っていう小説です。
主人公は、さなえっていう35歳の女のひと。
東京で同棲していた相手と別れた彼女は、幼い息子を連れて、故郷である九州の海沿いにある集落へと帰ってきて、両親と一緒に暮らしはじめる。ある時、みっちゃん姉っていう、同じ集落に暮らす女性の息子さんが脳腫瘍で入院していることを知って、さなえは自分の息子を連れてお見舞いに向かう、という話。
お見舞いに向かう道中、さなえは過去のことを色々と回想するんですけど、あれ? ここはどこ? いまはいつ? 目の前に見えているものは幻? 聞こえる声は空耳? って感じてしまうほど、時空を超えたジャーニーが繰り広げられていくなかで、ぼくは不思議な浮遊感に浸りながら、本のページを黙々とめくっていました──
時空を超え、自分と他者の境界を超え、重なり合い、響き合う人間の想いのありようを綴った『九年前の祈り』をまだ読んでいないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!
さなえには希敏(ケビン)っていう幼い息子がいるんだけれど、彼はときおり「引きちぎられたミミズ」のように激しく泣きわめいて、手をつけられないことがある。そのことを、さなえは、母親である自分のせいだと自分を責め、希敏のことを心配したりもするんだけれど、同時に、泣きわめく希敏のことをもっと引きちぎってやりたいっていう負の衝動にも駆られてしまったりして、とにかく息子との関係に葛藤を抱えている。
さなえは、いったい、どんな気持ちなんだろう。どんな風に辛いんだろう。はっきり言って、ぼくにはわかってあげられません。歳も離れてるし、ぼくには子供もいないから。でも、辛さを抱えてるっていうのは本を読んでいてひしひしと伝わってきました。
そんなさなえが親しみを寄せているのが、みっちゃん姉。9年前に一緒にカナダへと旅行したことがあって、その時に、みっちゃん姉がさなえの前で自分の息子についての悩みを吐露したことがあった。
みっちゃん姉の息子さんのお見舞いに行く道すがら、さなえは、9年前の旅行のことを不意に思い出す。息子の人生の行く先を心配するみっちゃん姉。そして、みっちゃん姉の祈りのことをさなえは思い出す。
祈りっていうのは、カナダを旅行中に街ではぐれてしまった仲間が見つかるように、たまたま通りかかった教会でみっちゃん姉が捧げた祈りのこと。でも、その祈りは異様に長くって、さなえには、みっちゃん姉が息子のことを祈っているように見えた。
その9年前の祈りと響き合うように、さなえは病院への道中、みつけた神社で祈る。連れていた幼い息子もまるで祈るように手を組み合わせ、頭を垂れる。
そして、さなえにはその後、ささやかだけれど、でも確かに、希望の光が射す。
ああ、祈りって、自分のためではなく、誰かのために捧げるものなんだなー。
ぼくはこの本を読んで、そんな風に思いました。
いままでぼくはぼくのために祈ってたのかも。それがいけないことだとは思わないけれど、でも、誰かのことを想って祈ると、それがいつかその誰かに届くかもしれない、それが巡り巡って今度はぼくの元にかえってくるかもしれない。そういう祈りって、なんかスゴイって思う。
これからは、チームの勝利のために祈ろうと思います!(そしてあわよくば……チームの中でぼくが活躍できますように!笑)
ベースボール太郎くん、やっぱり自分のためにも祈るんかいっ!! と一応ツッコミを入れさせていただきます笑
お便り、どうもありがとう!
ぼくもこれ読んだよー。
この小説は、ベースボール太郎くんのお便りにあったように、9年前の祈りについて書かれてはいるのだけれど、読み終わってみると、この膨大なテクストで紡がれた小説そのものがひとつの祈りなのではないか、そんなことを考えさせられもしました。
この作品の文庫本には、作者による芥川賞受賞スピーチの原稿が付録として収められています。ぼくが印象に残ったところをちょっぴりご紹介します。
作品は、受け取ってくれる私たちを必要とします。私たち一人一人を受け入れ、「あなたが必要だ、あなたの存在が大切だ」と訴えているのです。つまり作品は、それに触れる人が「生きること」を望みます。「あなたに生きてほしい」。だからこそ、素晴らしい作品に出会ったとき、私たちは「支えられ」、「励まされ」、「救われた」と感じるのです。(付録より引用)
文学って、いいですね!
ベースボール太郎くんが野球チームのレギュラーになれますように! 祈ってます!
それではまた来週。