「出さない手紙」~過去は生きている
拝啓
貴方へ
どれほどの歳月が経ったのか
私はいつもことあるごとに
もう一度あの時に戻れれないか
あの時に戻って
あの選択を変えることはできないのか
いくつもの過去に 自分の下した決断に
未練を引きずりながら生きてきた
自身の臓器と脳細胞が
破壊されるのではないか と思えるほど
悔いて 底なしに悔やむことで
長い歳月を送った
自身を心の末期がんとさえ思った
病んで死にゆくと
自分を微塵も許さなかった
もう 取り返しがつかないなら
自分への復讐意義を肯定し
過去を許せる代替えの人生を
自身に課して 創り出そうとした
そして壊れた
心と身体が悲鳴を上げていたことに
気づかなかった
まだ足りない まだ足りない
とさえ思った
過去を許せるほど 何もできていない
私は成していないと
そうして大事なものから離れていき
大切なものを忘れて
感覚が麻痺していった
そして失った…
私は 何年かぶりに貴方を見て
吸い込まれるような気持になった
遠く離れた場所で
あなたは一生懸命に生きていた
うれしくて 悲しくて 切なくて
耐えようのない
言葉にならない気持ちで
少し離れた場所から貴方を見ていた
無心で働く貴方の姿を…
一緒にいたあの時
貴方は「あのね 私 故郷へ帰るの」
と言った
私は全身から
すべての生気が引いていくのを
確かに感じた
脳裏に取り戻すことのできない過去が
ゆっくり走馬灯のように流れ
何も選ばなかった自分が そこにいた
貴方がいることが当然で
それが日常だった私は 恐怖した
瞬時に 静かに襲ってくる孤独が
異常なほどに怖かった
貴方が故郷へ戻る日
私は高速の入り口で 貴方を見送った
助手席から小さく手を振る貴方の姿が
痛いほどに
ゆっくり過ぎるスローモーションのように
流れて見えた
私は思いっきり奥歯を噛みしめて
全身に 腹に力を入れた
そうしていないと 立っていられなかった
自分の車に戻り 車内で叫んだ
地響きのような
地獄の底から呻きだす 叫びのような
聞いたことのない 自分でない気がした
あれから私は歳をとり
こんなにも早すぎる年月を残酷に思った
昨日の事のように思い出す
貴方を見送ったあの時を
愚かな私は 貴方といたあの頃を
当たり前に一緒にいたあの時の
貴方の心を 今自身に投影する
一緒にいた時の貴方の心の中に入って
今は遅すぎて
今感じて 今知って気づく貴方の想いに
猛烈なほどに 闇雲に
自分の頭を打ちつけたくなる衝動に駆られる
それは今もずっと変わらない
何をしていても…
絵を描いていても
自転車で家の前をリハトレしていても
親を介護していても
公園で懸垂して ベンチで休んでいても
ユーミンの曲を聴いていても
何をしていようが…
私は幸せになりたい
そのためには
一生懸命に今を生きること
頭が悪くていい 稼ぎが悪くていい
容姿が悪くていい
生き方が不器用でいい
人間関係が下手くそでいい
ただ今を
その日を一生懸命に生きようとすること
貴方のように無心にはなれないかもしれない
私は もがき苦しもうが
頭を無性に強打したくなろうが
時々 あの頃に何とか戻れないものか
と思い出そうが 今を不器用に
ただ 一生懸命に生きようと思うのです
貴方と過ごしたあの時を
大事にしたいのです
貴方が生きるあの場所も
私が生きるこの場所も
貴方と一緒にいたあの時も
今私と繋がっているのです
当たり前に一緒にいたあの時は
今の私に言葉にできない
どうにかして戻りたいほどの
尊すぎる過去かもしれない
今私はこうして生きている
あの頃を消したくなくて
思い出にしたくなくて
懐かしさや切なさも 儚さもいらない
遠い記憶なんかで済ませる過去ではない
あの時と今は
間違いなく繋がっているのです
あの時は 今も生きているのです
過去ではなく あの時は今も生きていて
生命のように変わらないのです
だから私は幸せになるのです
あの頃の私は
貴方の想いと愛のような
何かしらの成分に包まれて
育つ子どものようでした
そうして歳を重ね 今こうして生きている
私は貴方に育まれたのです
貴方は 私の母親のようでもあったのです
貴方から
「幸せになってほしい」と言われた時
喪失感と絶望のような感覚に陥りました
あの瞬間 死の淵を感じました
そうして今
貴方といたあの時を消したくない
無にしたくない
そう思った私は あの時を過去にしない
と決めたのです
あの時は生きている
ずっと今もこうして生きている
当たり前だったあの頃を幸せと想うなら
今もこれからも 私は幸せになれば
幸せであれば 貴方と一緒にいたあの時を
過去ではない今だと肯定できるのです
貴方と一緒にいたあの時と今は
繋がっているのです
遠い記憶でも 過去でもないのです
貴方と一緒にいたあの時は
今も生きている
だから私は
幸せになる道を進もうと選んだのです
あの頃 何も選ばなかった私は
貴方がいて当然だった
当然という日常に甘えて
何も選ばなかった
そうして 故郷へ帰る貴方を
高速から見送った
言いようのない気持ちで
嘔吐しそうな自分は
あの時 咄嗟に
「選ばなかったから…」と
静かに心の中で声がした
今でも覚えている…
「選ばなかったから こうなった」と
だから私は
頭を強打する衝動に駆られることのない
幸せを生きようと選びました
貴方と一緒にいたあの時
あの頃を大切に生かし
今の私の生命でありたいのです
それには 今の
これからの私が幸せであれば
いつまでも
私が天命を全うする日を迎えるまで
貴方は 私の生命として生きているのです
過去は過去ではない
今も生きているのです
2024年 6月26日
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