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時を超える物語 タイムトラベル小説を読む楽しみ

 ここ何ヶ月かnoteで小説を読ませていただいているのですが、作風の幅広さに驚嘆してしまうのが、吉穂みらいさんの書かれる小説です。シリアスな物語から幸せな気分になれる楽しい物語まで、主人公やジャンルも多岐にわたります。

 そんな吉穂さんが、共作という新たなチャレンジをなさいました。共作といえば、レノン=マッカートニーにしても、エラリー・クイーンにしても、作品によって主たる創作者がいる印象なのですが、吉穂さんと共作者のひらさわたゆさんは、イーブンな関係で創作をなさっている(ように見えます)。お二人の作風の違いが、物語の設定に欠かせないものであるとも思います。
 複数の作者による共作というだけでも興味深いのですが、紹介せずにはいられなかったのは、タイムトラベルを扱った小説だからです。

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 子どもの頃からタイムトラベルが登場する作品が大好きでした。特に好きなのは映画で、一時は解説にタイムトラベルっぽい単語があると、必ず鑑賞したものです。小説はそこまでではないのですが、十代・二十代の頃はよく読みましたし、ロマンス小説のような苦手ジャンルでも、タイムトラベル物だとつい購入してしまいます(ドラマ化された『アウトランダー』シリーズなど)。

 タイムトラベルを扱った小説といって、まず思い浮かぶのは筒井康隆さんの『時をかける少女』です。あまりにも有名で、あまりにもベタですが、子ども向きの小説を別にすると、初めて読んだタイムトラベル物の小説なんですね。
 タイムトラベル作品が好きといっても、私の場合、理論などは流しがちで、タイムトラベルが人の気持ちをどう揺り動かし、どう変化させるかに興味があります。『時をかける少女』には、タイムパラドックスを起こさないように、違う時代から来た人の記憶を消さなくてはならないという、タイムトラベル物の宿命が書かれていて、心地良い悲しみを誘います。現実にはあり得ない設定なので、心地良く悲しみにひたれるのです(タイムトラベルのせいで、未来が書き換えられて、記憶が消えるという似たパターンもよくあります)。
 現実の世界では、SF的な設定などとは関係なく、恋愛感情や友情が日々消えています。そうした人の感情の儚さがタイムパラドックスというメタファーによって語られているようにも感じます。
 そう言いながらも、記憶を失って終わりではなく、希望の感じられるラストもいいですよね。人との関係が簡単に断たれてしまう世界に住んでいるからこそ、そうではない、時を超え、タイムパラドックスさえも破壊するような運命的な関係があると信じたい気もします。

 筒井さんの小説では連作短編集『七瀬ふたたび』もお気に入りです。能力者である火田七瀬がお手伝いさんとして様々な家庭の裏側を覗く『家族八景』の続編…作品の雰囲気も七瀬以外の登場人物も異なる正篇と続編ですが、『七瀬ふたたび』には、タイムトラベルの能力者が登場します。まずは、七瀬と各能力者との出会いが書かれ、最後に、能力者たちと能力者を抹殺しようとする一味の死闘が書かれるという。今思えばアメコミや映画にもよくある話なのですが(筒井版X-MENと言ってもよさそう)、当時は何も知らなかったので、先の展開が全く読めず、ハラハラしながら夢中で読みました。

 『時をかける少女』『七瀬ふたたび』は、1960〜70年代に出版された、古典とも言える小説です。もしかしたら、最近の複雑な世界観を持つSF作品に慣れた方には物足りなく思えるかもしれませんが、その分、初心者の方でも読みやすいですし、設定がシンプルな分、物語がダイレクトに心に響きます。

 『七瀬ふたたび』を読んだのは大学生の時ですが、そのすぐ後に、海外タイムトラベル物の古典、ハインラインの『夏への扉』とジャック・フィニィの『ふり出しに戻る』を読みました。
 『夏への扉』は、今読むとご都合主義な部分もあるのですが、タイムトラベルが誤った道を正してくれる良きものと考えられていた時代の、多幸感あふれる素敵な小説でした。また、犬派なのに、この小説を読んでいる時だけは猫派になってしまったものです。『夏への扉』と『メゾン一刻』を貸してくれたS君、夢みがちないい人だったな…。

 『ふり出しに戻る』の方は、タイムトラベルの方法が印象に残っています。ニューヨークにあるダコタハウスーー19世紀に建てられた大規模住宅で、ジョン・レノンやバーンスタインも住んでいた(ジョンはここの玄関で殺された)場所なのですが、主人公は昔の洋服を身につけ、昔のコインなどを持ってダコタハウスで暮らすのです。すると、いつの間にか、洋服やコインが作られた時代に戻っているという。私も古い建物が好きなので、そこを起点にして、過去に戻るという話に憧れました。

 また、フィニィの小説では、『愛の手紙』という短編小説も思い出深いです。この小説は、タイムトラベル物といっても、人が別の時代に行くのではなく、机の引き出しに入った手紙が時空を超えるのです。違う時代に生きる男女が手紙を介して心を通わせる。人が時代を越えるのは無理でも、手紙ならありかもと思えるし、時代を越える文字というのが小説にふさわしくもある。というわけで、『愛の手紙』と似た設定の作品は非常に多いです(中でも、映画『イルマーレ』が特にお気に入りです)。


 書き始めた時は、あれもこれも紹介したいと勢い込んでいたのですが、ごく初期に読んだ小説だけで、かなりの文字数になってしまいました。
 考えたら、SF好きな方は私の紹介する小説なんて当然知っているわけですし、そうでない方には「筒井さんの小説か『夏への扉』を読んでみて下さい」でいいような気もします(フィニィの『ふり出しに戻る』は残念ながら、絶版みたいです。『愛の手紙』は『ゲイルズバーグの春を愛す』という短編集に収録されています)。


 その前に、まずはnoteで吉穂みらいさんとひらさわたゆさんが共作した『Answer』を。この小説は、広い意味でのタイムトラベル物に入ると思うのですが、SF的な設定を軸にして、人の心の揺れや迷いに迫る作品だと感じます。人の選択、運命、変えられる未来と変わらない未来、変えたい過去と自分の一部だと思える過去。そんなことを考えながら、読ませていただきました。
 私と同じタイムトラベル好きの方なら、もう一つお気に入りのタイムトラベル作品が付け加わるはずですし、このジャンルの小説に馴染みがない方は、新鮮な気持ちで作品を読み進めることができると思います。


マガジンのリンクがうまくいかないので、吉穂さんパートの第一話を張っておきます。


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海人
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