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二十九歳からの不安定生活入門

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二十九歳の春。 気の毒なほど優しい團さんと、あけすけで大雑把な篠宮に見守られながら、不安定な暮らしと仕事を始めた。そんなフィクション
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3月6日 テレワークをする

3月6日 テレワークをする

 キンカン、と手元で音を鳴らしているようなインターホンが鳴る。居室の戸を開けて布団をひいており、廊下から玄関までが寝た体制で見通せる。廊下は暗く、覗き穴からの光が控えめに青く光っていた。キンカン、がもう一度。私は居室の戸を閉めて、綿入り半纏を羽織り、團さんを出迎えに行く。

「災難だね。俺も気胸は五回くらいなったんだけどね、昔。今回初めてでしょ、手術しなくていいの。」

がいがいがい、團さんの口癖

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2月22日 家が決まる

2月22日 家が決まる

「お前、もうしばらくそっちに住んでもらわんとなあ、すまんな」
川本次長がたいへん申し訳なさそうに、そう電話をかけてきた。広島で、家を探すことになった。もちろん家賃は会社が出してくれるし、マンスリーマンションで会社が指定してくれる物件の中でだったら、どこに住んでも良いと。團さんも篠宮も、鹿児島から広島に引っ越して、現場と下宿の往復を続けてもう二年近くになるらしい。

そういえば、転職前の会社は、親元

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2月19日 袋をもらう

2月19日 袋をもらう

雪が降ったり止んだり、現場が動くの動かないのの話をしている中、團さんは今日も暗い気持ちを抑えて、目尻を笑わせていた。
華があるとか、万人が認める秀麗な顔立ちではないが、表情皺に人柄の良さが滲み出た、優しい顔立ちをしている團さん。根っこの部分は、田舎の質実剛健な人そのもの。それが第一印象、年始に会社の集まりで團さんに会った時のことだ。
しかし、このごろの團さんの疲労の色は深い。現場仕事でかいた汗を拭

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