【本要約】2030年すべてが「加速」する世界に備えよ(第2部)
2030年すべてが「加速」する世界に備えよという本の全ての章を対象に印象に残った内容をまとめていきます。本書は大きく3部構成になっており、今回は第2部を投稿します。
第1部はこちら
第2部 すべてが生まれ変わる
第5章 買い物の未来
・シアーズの成功と没落
文明評論家のジェレミーリフキンは経済の重要なパラダイムシフトに共通点があると指摘する。「同じタイミングで3つの重要なテクノロジーが登場し融合することで新たなインフレが生まれます。それによってエネルギーの使い方やバリューチェーン全体の経済活動のあり方が変わります。3つのテクノロジーとは経済活動を効率化するコミュニケーション技術、新たなエネルギー源、そして新たな移動手段です。」
シアーズに大成功をもたらしたのは、まさにそんな変化だった。しかしシアーズ誕生から132年後にシアーズは破産した。一体何が起こったのか。それはウォルマートの誕生である。
・ウォルマート、そしてアマゾン
ディスカウントストアの先駆者はシアーズだったが、ウォルマートの方が上手だった。しかし小売業の破壊的変化はこれで終わりではなかった当然ながら歴史は繰り返す。ウォルマートがシアーズを破壊していた頃に誕生したアマゾンは両者のモデルの最大の強みを融合させた。ここ10年の小売業界は「変わった」などという生易しいものではない。アマゾンやアリババといったeコマースの巨人が業界のデジタル化を牽引し、エクスポネンシャルな成長で新たな高みを目指している。
・eコマース革命は始まったばかりだ
今の破壊レベルも相当なものではあるが、eコマース革命はまだ始まったばかりであることを頭に入れておいた方がいい。それはまだインターネットに繋がっていない人がたくさんいるからだ。ネット接続人口は2025年には82億人に達する。その大多数は小売店やショッピングモールに足を運ばないだろう。これからの買い物という体験がこれまでとはまるで違ったものになる。
・AIが小売業と「買い物体験」を根底から変える
AIはカスタマーサービスから商品配送まであらゆる側面に関わり、小売業を安く、速く、そして一段と効率化する。まずは消費者観点、近い将来音声認識での買い物が常識になり、AIがあなたの買い物や映画の予約をアシスタントしてくれるようになるだろう。AIの自然言語能力がさらに発達すれば対人との会話でも、例えば美容院や歯医者の予約もこなしてくれるようになる。
次に事業者観点、カスタマーサービスもAIが代替するようになる。顧客の声の抑揚を分析し、人間の感情が読み取れるシステムが発展すれば、コールセンター業務を無人化する事ができる。この世界が実現すれば買い物や予約対応などはAI対AIが行うことになるかもしれない。
・レジ係が消える
アマゾンが展開しているアマゾン・ゴーでは自動精算機能は既に実用化されている。お客は店に入るときにQRコードをスキャンするだけで後は全てAIが引き受ける。カメラが通路を移動するお客を追跡し、重量センサーが商品の動きを追跡する。そしてお客は欲しい商品を持ってお店のドアを通るときに、アマゾンアカウントに自動的に請求される。感覚としては万引きをしている気分に近くなる。
事業者観点でも陳列棚がスマート化していれば、商品が棚から無くなった時点で在庫を補充するといった効率化を図る事ができる。スマート陳列棚にAI機能も実装すればお客と対話する事ができ、商品の営業なども行えるようになる。
・小売業はロボットなしには回らなくなる
ロボットを導入するか否か、存続を目指す小売業に選択の余地は出なくなるだろう。まずは宅配。自動運転車に乗ったロボットが目的地まで到着し、目当ての商品を届ける。マイク、スピーカー、自然言語処理能力が伴っていればお客とのコミュニケーションも行える。またドローンでの配送も近々現実的になっていく事だろう。
次に店内。お店の案内もロボットが代替するようになるだろう。ソフトバンクのペッパー君などがいい例だ。最後に倉庫業務にもロボットが出てくる。ロボティクスが最大の恩恵をもたらす分野だ。eコマースによる注文を受注した後、ロボットが仕分け、包装、出荷までを行ってくれる。倉庫に届いた大量かつ重い荷物を倉庫の決まったところに配置することもお手の物だ。
・3Dプリンティングが小売業にもたらす4つの変化
①サプライチェーンが消える
3Dプリンティングがあれば、小売業は原材料を購入し、倉庫や店舗で商品を自ら印刷できるようになる。これは卸売業者、メーカー、物流業者が不要になることを意味する。
②ゴミが消える
完全にゼロにはならないかもしれないが消費者が環境に優しい商品を望み、小売業者が原材料費を抑えようとする中で、必要な材料を必要なだけ使用する3Dプリンティングは最適なソリューションと言える。
③交換部品が消える
例えば農家にとって収穫期にトラクターが故障し交換部品の手配に2〜3日かかるというのは最悪の事態だ。3Dプリンティングならこの問題を解決できる。しかもトラクターに限らず、コーヒーメーカーからスケートボードの車輪まであらゆるものに使える。これは単に部品業界が消滅するというだけでなく、購入した商品の寿命が格段に延びることを意味する
④商品はユーザーがデザインする
もちろんアップルのような圧倒的なデザイン力を持つ会社は今後も存在し続けるだろう。しかしファッションから家具に至るまでデザイナーではなくユーザーが商品をデザインするのが当たり前になるだろう。
・小売業の最大の望みは体験
買い物がAIによって自動化され、3Dプリンティングによってお店も選ばなくてもよくなれば、人は買い物を行う事がなくなるだろう。そうなれば小売業がもたらせる恩恵は体験だけになる。娯楽や教養などの機会提供を行うことで買い物に付加価値をつけていくことになるだろう。小売業は今後、コンバージェンス産業になっていく。
・ショッピングモールはもういらない
2030年の買い物がどうなっているか想像してみよう。
あなたは明日、大切な社交パーティーを控えているが着ていく服が無いとしよう。ここからショッピングモールに出かける必要はない。最新の身体データをスキャンし、VRヘッドギアを装着し、バーチャルブティックにアクセスする。欲しいデザインの服を選び終えるとAIが代金を支払う。そこから3Dプリンターが倉庫であなたの採寸に合わせて洋服を製作し、その日のうちにドローンが自宅まで配送してくれる。費用はどうかといえば中間業者が一切入らないので、かつてお店で払っていた金額の半分以下の値段で購入する事ができる。
第6章 広告の未来
・SNSマーケティングは終わる
広告業界における様々なテクノロジーのコンバージェンスの勢いは収まらず、変化はこれからも続くだろう。広告は当面、これまで以上に私たちのプライバシーに踏み込み、ますますパーソナルになっていく可能性が高い。だがそれも長くは続かず、SNSマーケティング市場そのものが消滅するだろう。理由を説明しよう。
・空間的ウェブの時代が来る
人類史の大部分を通じて、万人が同じ世界を見ていた。あなたにとっての現実は私にとっての現実と同じだった。だが一度ARメガネやVRヘッドギアを被れば、あなたと私の世界は全く違うものになった。
「ビジュアル検索機能」と呼ばれる技術が開発されている。例えばスマートフォンのカメラを何かに向けると、それと同じ商品か類似する商品へのリンクが表示される。
Googleはその一歩先をいく汎用ビジュアル検索エンジンを開発している。これは販売されている商品を識別するだけでなく風景全体を読み解く。花壇に植えられている植物の学的分類、公園を駆けている犬の犬種、通り沿いに建つビルの歴史など、こちらが知りたいと思うことを何でも教えてくれる。
・ハイパーパーソナリゼーションに不気味な力/声のコピーが可能になる
音声合成技術はまだ万全ではないが、この分野は急速に進歩している。その人の声のサンプルが数分でもあれば合成は成功する。例えば音声広告があなただけにパーソナライズされて商品を営業するかもしれない。好きなタレントや好きな声優、はたまたあなたの家族の音声をAIが出力し、企業の広告文を読み上げることが出来る。企業の広告文そのままではなく、あなたの母親の言い回しやイントネーションまで再現する日もそう遠くはない。
・ディープフェイクの進化
ディープフェイクとは分かりやすく言えば偽物のコンテンツだ。人物画像合成技術と音声合成技術があれば、あなたが話していても他の人の姿と声で話しているように見せることも可能だ。このディープフェイクは今に始まったことではなく昔から行われていたが、それはチープなものですぐに偽物だと判別する事ができた。だが性能が向上していくと偽物と本物の区別がつかなくなってくる。この技術には好ましい活用法もあるがマイナス面はおおよそ看過できない。
ただ広告に限って言えば、ディープフェイクの問題は一時的なもので長くは続かないだろう。そう遠くない将来、広告そのものが消えてしまう可能性があるからだ。
・さらば広告、ようこそJARVIS
AIが買い物を代替することになったなら、そのAIは企業の広告などを確認するだろうか。もちろん広告などは確認しない。バイオテクノロジーが発展しあなたの情報がパーソナライズされていれば、AIがあなただけに最適な商品を選ぶ。例えば歯磨き粉を買ってきてとAIに頼んだとしよう。AIは現在の市場にある歯磨き粉の商品全てにアクセスする。そこから歯磨き後の成分や価格を検討し、あなたに今必要な歯磨き粉を選択し購入する。
現在の広告業界のトレンドはマス向けから個人向けへとターゲットを変更しようとしている。そのためにペルソナ分析などを企業側が行うのだが、企業側が行う分析などAIが管理する個人の情報に比べれば天と地の差ほどの情報格差が生まれる。こうなってしまえば企業から広告活動を行う必要はなくなり、それよりもAIがたくさん選択してくれるようになる商品開発の方に、より努力を注げるようになるだろう。
第7章 エンターテイメントの未来
・ネットフリックスのコンバージェンスとは
レンタルビデオを潰すためにネットフリックスが活用したのはインターネットという新しいネットワークであり、それによってDVDを自宅のソファから注文できるようにしたことだ。だが今日ネットフリックスはブロードバンドと人工知能を筆頭にいくつものエクスポネンシャルテクノロジーを融合させ、1兆ドル規模のエンターテイメント産業そのものを制圧しようとしている。
・「誰が」「何を」「どこで」
今後のエンターテイメント業界では「誰が」「何を」「どこで」という3つの変化が進行している。つまりコンテンツ制作者、その内容、ユーザーがそれを観る場所が変わりつつある。
・YouTubeとスーパークリエイターの登場
ブロックチェーンクリエイターのプロセスを後押しする。クリエイターが作品を直接ファンに届けるための取り引きコストがゼロあるいは無視できるほど僅かになる。こうして新たなプラットフォームが続々と誕生して、ニッチな市場がそこら中にある。ソフトウェアのコーディングや、猫の飼い方など他人のやり方を見たり聞いたりできることなら大抵専門チャンネルがあり、オンデマンドがライブストリーミングで視聴できる。
何より驚かされるのはクリエイターがこれほど力を持つようになったというだけでなく、力を持つようになったクリエイターの正体だ。
・AIクリエイター
ジョージア工科大学の研究者らはビデオゲームの冒険内容をプレーヤーの好みに合わせて作成するAI「シェヘラザード」を開発した。シェヘラザードのデータセットは無制限、つまり数限りない冒険を可能にするマシンなのだ。一つ重要なのは作り手がAIだけでなく、AIと群衆の協力によって進められるということだ。
ここでエンターテイメントの二つ目の変化が出てくる。つまり製作されるコンテンツ内容の変化だ。
・パッシブメディアからアクティブメディアへ
ここからコンテンツがこれまで以上に「協力的に」「没入方に」「個別化」していくことを説明する。
パッシブメディアとは受動方のメディアを指す。例えば新聞、雑誌、テレビ、書籍などだ。アクティブメディアはその逆だ。情報は双方向に流れユーザーの意見が反映される。マッシュアップマシンはAIを使った参加型ストーリーテリングのプラットフォームだ。AIと群衆知能を融合し、インタラクティブなアニメ映画を制作する。ユーザーがコンテンツをカスタマイズする過程でAIはそのユーザーのスタイルを細かく学習しアイデアを提案するなどストーリーを支援する。AIのクオリティは高まり続ける。人間を支援する中でAI自身のストーリーテリングの能力は一段と向上する。
・ディープフェイクとリアルフェイク
ディープフェイクテクノロジーを応用してリアルフェイク、つまり私たち自身の分身を作るという可能性もある。すでにアップルのSiri、アマゾンのEchoなどAIを使ったパーソナルアシスタントは存在する。そのパーソナルアシスタントにあなたが撮り溜めた画像に加え、読んだ書籍やブログ、観たドラマや映画、出生記録などをインプットし取り込む。この情報をAIが人間的感情に変換する事ができれば、未来のSiriには「彼氏と喧嘩になったんだけど良い解決策を教えて」と聞けるようになるかもしれない。
こうした活動からも分かるように人間と機械の知能が融合し、エンターテイメントは全く新しい領域へと広がっている。
・「ホロデッキ」が現実に
私たちがモノを見るとき実際にはそのモノから跳ね返ってくる数兆個の光子を見ている。つまり人工的に数兆個の光子を正しい角度と強度で目に投影できればどんな現実でも再現できる。さらに音を使って触覚も再現する。超音波を室内に投射し音波そのものがモノに物理的存在感を与える。この技術を組み合わせると人工的に投影したモノに触覚を与えることが出来、完全没入方のエンターテイメントを作る事ができる。
・「没入」の未来
アクティブメディアがパッシブメディアより優れる理由、それは感覚入力にある。
完全没入方VRを再現するために、「エクソスキン」という長袖のシャツを開発している。腕、背中、お腹部分に数センチおきにマイクロモニターが配置されており、VR世界で雨が降っていると雨粒を感じることができるようになる。音波によって与えられる触覚技術も融合できれば、ありとあらゆるエンターテイメントを作れるようになるだろう。だがエンターテイメントの進化はここで終わらず、これからはずっとパーソナルになっていく。
・パーソナライズの未来
「感情コンピューティング」というテクノロジーが生まれている。コンピュータに人間の感情を理解しシミュレートすることを教える科学だ。認知心理学、コンピュータ科学、神経生理学、AI、ロボティクス、センサーといった加速するテクノロジーがコンバージェンスしている。この技術が発展すると教材がその人自身の学習理解度によって問題を変えたりすることが出来る。ゲームと組み合わせればユーザーの感情を読み取り、難しいタスクやストーリーの分岐を変えたりする事ができる。動画配信サービスと組み合わせれば、AIはあなたがどんな作品を好むのかあなた以上に理解するようになる。あなたがある作品を気に入ったという事実しか覚えていなくても、AIはなぜそれを気に入ったのか理解できているので、その趣向に合った作品をオススメできるようになる。(単に類似した作品をオススメするというレベルではない)
・スクリーンのない世界へ
ARスマートコンタクトレンズが開発されれば映像を見るときにスクリーンは必要なくなる。そうヘッドギアを被ることさえも必要がなくなってしまう。
・ARの巨大市場が出現する
Googleやサムスンのような大企業から資金力のあるスタートアップまで様々な企業がARコンタクトレンズの開発に取り組んでいる。
・ブレインコンピュータインターフェース(BCI)
ではARコンタクトレンズを使いたくない人はどうなるのか。自然界の現実投影システム、すなわち人間の脳を直接操作できるようになったらARコンタクトレンズも必要なくなる。それがブレインコンピュータインターフェース(BCI)の世界だ。コンピュータと大脳皮質を直結させるこのテクノロジーは本書が設定した「これからの10年」という時間軸をおそらく超えるだろう。それでも遅かれ早かれメディア企業と神経科学の研究機関の融合は始まる。それはエクスポネンシャルテクノロジーの融合が市場の融合を引き起こし、エンターテイメント産業を今とは全く違う姿に変えていくことの必然的結果なのだ。
第8章 教育の未来
・「画一的教育」は終わる
現代の教育システムはまるで現代的ではない。今とは違う世界のニーズに対応するため別の時代に作られた制度だからだ。18世紀半ばアメリカでは鉄道の全国的普及に様々な形で影響を受けながら標準化された製品を作るための工業的教育制度が広がっていった。その社会のニーズとはどのようなものか。当時のそれは従順な工場労働者だった。
私たちは違う個性の持ち主である。全員を夢中にさせ、最大の学習効果を引き出すためには、画一的手法などはあり得ない。
・年10億人のアンドロイド教師が生まれる
MITのメディアラボの創設者であるニコラス・ネグロポンテはある実験を行っていた。「子供たちに教育的アプリやゲームの搭載されたノートパソコンさえ与えれば、自分で読み書きを学び、それと同時にインターネットの使い方も学習する」というものだ。実際に子供たちはどれだけの教育や指導を必要としているのだろう?アプリやゲームで遊んでいるだけで本当に子供たちは学ぶことは出来るのか?蓋を開けてみると答えが見つかるどころの話ではなかった。ノートパソコンを与えた5日後には1日あたり平均47個のアプリを使うようになっていて、2週間後にはABCの歌を唄っていた。その5ヶ月後にはアンドロイドをハッキングしていたのです。
子供たちが迅速に独学を進められるようなソフトウェアを開発するコンテストなどを開いてより優秀なアプリの作成も行われている。今後の教育では教師は人ではなくノートパソコンが代替できるようになる。
・2030年の社会科見学
例えばピラミッドの見学に行くことになったとしよう。事前準備の段階ではAR技術で現実のピラミッドを投影し教師が社会科見学の趣旨などを説明する事ができる。続いてVRヘッドセットでピラミッドの社会科見学ができる。
研究では多感覚を使う学習は他の学習形態より有効であることが明らかになっている。それがVRで合っても変わりはない。このテクノロジーを使えば質の高い没入方の教育環境を無限に生み出せることを意味する。
・2030年の学校
本の形をしているが、実はAIを搭載しここのユーザーに合わせて内容をカスタマイズする学習ツールだ。ユーザーからの質問にはその場の状況に合わせて興味をそそるような答えを返す。センサーを使ってユーザーの感情をモニタリングし狙い通りの成長を促すために最適な学習環境を生み出す。AI初等読本の目的は子供達を社会のニーズに適合させることではない。強く、独立心と共感力に溢れクリエイティブな思考のできる人間の育成というヒューマニストなものだ。
第9章 医療の未来
・娘の難病に挑んだ起業家
マーティーン・ロスブラットはアメリカで最も稼ぐ女CEOだ。ある日マーティーンの娘のジェネシスが発病した。肺高血圧症。その当時発症した人がほぼ例外なく命を落とす病気だった。マーティーンはすぐに自社の持ち株を売却し、その資金を治療法探しに投じた。その結果、ユナイテッドセラピューティクスが誕生し、娘が息を引き取る前に薬は発売された。
・人体の部品交換
これだけでも素晴らしい話だがマーティーンの薬は中途半端だった。症状を抑えることはできたが、完全に治すことは出来なかった。今でも肺高血圧症の治療法は肺移植しかない。マーティーンは肺移植の問題に2方向からアプローチした。
現在、死亡する人の肺には有害物質が多く含まれているため提供された肺の80%以上が廃棄されている。そこで体外での肺の寿命を延ばすため「体外肺灌流」という技法を確立することにした。それによって既に数千人の命が救われたが、そこで満足はしなかった。続いて、より重大な問題である提供される臓器の不足を異種移植によって解決しようと動き出した。まずコラーゲンを使い、人工肺のスキャンフォールドの3Dプリンティングを生きた肺に変えるため、幹細胞を使った実験を進めている。
・テック企業が続々参入
20世紀のほとんどを通じて、医療産業は大手製薬会社、政府、そして医師や看護師をはじめ様々な医療従事者との危うい協力関係によって成り立っていた。だが今、そこに多くのテクノロジー企業が参戦し、医療の世界に大きな爪痕を残そうとしている。
既に消費者データの収集と分析に精通しており、こうしたデータが病気の早期発見と予後の改善に繋がり、シックケアからヘルスケアへと確かに貢献している。
・モバイルヘルスの時代が来る
20年足らずのうちにウェアラブルは万歩計から、FDAの承認を受けたリアルタイムの心臓モニタリングが可能なECGスキャナーの付いたアップルウォッチまで進化を遂げた。この進歩は常時オンのヘルスモニタリングと安価で簡単な健康診断が当たり前の未来を示している。これにより今は年1回半日かけて行われている健康診断が、毎日行われるようになり、あらゆる病気の早期発見が出来るようになる。今後はスマホがあなたにとってのかかりつけ医になる。
・遺伝情報を読み、書き、編集する
ゲノムさえ分かればあなたを最適化する方法もわかる。あなたのために最適な食事、最適な薬、最適なエクササイズメニューを提案できる。最適な腸内微生物、生理学的にあなたにぴったりのサプリメントも分かる。1番かかりやすい病気は何か、そうした病気を予防する方法もわかる。
・CRISPR×従来型遺伝子治療で1万6000の病を治す
3万2000の最も一般的な遺伝性疾患の半数が、たった一つの塩基対の不具合、つまりたった1文字の遺伝情報が間違っているために生じているという事実だ。まもなくこの間違いはゲノム編集技術の進歩で修正できるようになるだろう。
・ロボット外科手術の未来
STARというロボットが既に特定の軟部組織縫合手術において、人間の外科医よりも優れた結果を出しているロボットだ。具体的に人間の医師の5〜10倍の速度で組織を縫合でき、精度もはるかに高い。大型の手術用ロボットばかりに注目されがちだが、もっとインパクトが大きいのは小型ロボットの進化かもしれない。例えば局所的な場所に出来た癌の治療は、化学療法のように体全体に対して行われる事が多い。そうした治療法は不正確で副作用を引き起こす事が多い。しかしバイオノートは細胞組織の間を素早く移動する極小サイズのロボットを開発した。本格的な実用化はまだ数年先だが、病気の診断、的を絞った薬の投与、体をほとんど傷つけない手術などに使われる見込みだ。
・AI×3Dプリンティング×ロボットの医療が来る
AIは既に手術ロボットの世界にも入り込んでいる。集中治療室になだれ込んでくる大量のシグナルを分析したり、自律ロボットが患者に対処するのを支援したり、ロボットを通して外科医の手の震えを抑えたりする。
さらに3Dプリンティングも手術室に進出している。臓器や耳、脊髄、頭蓋後など身体の部位も人工的に作られるようになっている。
・細胞医療
セルラリティの科学者らはナチュラルキラー細胞の遺伝子を組み換え、腫瘍を狙い撃ちする能力の高い、CARーNK細胞に改変する方法を開発した。しかもそれを万人向けの治療薬に作り替える事ができる。それによってこの癌治療は一般大衆にも使えるものになる。
・新薬開発の未来
人工知能の世界に「敵対的生成ネットワーク(GAN)」と呼ばれる新たな技術が登場していた。二つのニューラルネットワークを競わせることで、ごく僅かな命令を与えるだけで新しい結果を生み出すことができるというものだ。このGANを使って新たな装薬のプロセスを作ろうと考えた。何百万というデータサンプルを調べ特定の疾患特有の生物学的特徴を確かめる。それから最も有望な治療標的を見極めGANを使って最適な分子を生成する。現在このシステムを使って癌、老化、パーキンソン病、アルツハイマー病をはじめ多くの疾患のための新たな薬を探している。
第10章 寿命延長の未来
・老化は克服できる
老化とは単にシステムが動かなくなって停止する、という話ではありません。老化はプログラム化されたプロセスです。特定の種の生存期間が永遠には続かない方が進化にとっては好都合なのでしょう。若い世代にリソースを使わせるには老いた世代が道を開ける必要がありますから。老いた世代に道を開けさせるため、進化は安全装置を用意した。計画的退化、すなわち老化である。老化の原因は9つあると考えられている。老化を克服するために使われている様々なアプローチを見る前に私たちの命を奪うのは具体的に何なのかを理解する必要がある。
①ゲノムの不安定性
②テロメアの短縮
③後成的変化
④蛋白質恒常性の喪失
⑤栄養素を認識できなくなる
⑥ミトコンドリア機能障害
⑦細胞の老化
⑧幹細胞の枯渇
⑨細胞間コミュニケーションの劣化
・寿命脱出速度
シノラブダイティス・エレガンスという昆虫が全ゲノムのスクリーニングが行われ、脳の神経回路マップが作成された初の生物となった。エレガンスはペトリ皿では20日ほど生きる。その寿命を延長しようとする実験が行われている。「rask-1」という遺伝子の機能を停止させると寿命は6日延びる。一方「daf-2」という遺伝子を停止させると20日延びる。これを同時に停止させると100日生存した個体が現れた。実に五倍の寿命が延長されており、人間に換算すると400歳にもなる。それと同じプロセスを人間の寿命に当てはめる実験が現在行われている。エレガンスのように人間のゲノムも全て特定することが出来れば寿命延長も夢ではない。
・ベゾスやティールも出資するアンチエイジング薬学
寿命延長分野で最も注目されているのがサミュームドだ。同社はWntシグナリング経路に特化した研究を進めている。この経路は胎児の成長を司ると同時に廊下においても重要な役割を果たす遺伝子だ。これにより目覚ましい結果がでたのは癌の研究だろう。癌は基本的に細胞の錯乱だ。この錯乱を引き起こすシグナル経路を塞ぐためサミュームドの薬はあらゆる癌に対応できる。この薬は臨床試験の最中だが、終末期の患者などで治験を行えており、良い結果を得る事ができている。
・カギは血液
並体結合と呼ばれる、昔ながらの禍々しい血液交換の手法を近代化し、若齢のマウスと老齢のマウスを結合させた上で、前者の血液を後者の体内に送り込んだ。結果は一目瞭然、若い血によって老いたマウスは生気を取り戻した。これを人間に当てはめるためにと大手製薬会社だけに留まらず、スタートアップ企業も健闘している。国立老化研究所がそうした企業に235万ドルを投資したという話もある。様々なテクノロジーがコンバージェンスした未来のタイミングでは永遠の命が手に入るかという問いに対し、「できるかどうか」から「いつできるか」の問題に移った。
第11章 保険・金融・不動産の未来
・未来社会を俯瞰する
ここまで社会の中でも日常生活に最も大きな影響を及ぼす分野に注目しながら未来を見通してきた。移動手段、医療、長寿、小売り、広告、エンタメ、教育だ。一方、第3部ではエネルギー、環境、政府という広がりのあるテーマを見ていく。てはその中間の未来はどうなるのか。それが過去と違ったものになるのは確実だ。保険、金融、不動産、食料。それでは早速見ていこう。
・コーヒー、リスク、保険の起源
現在、保険産業は3つの大きな変化が進行している。まず消費者からサービスプロバイダーへのリスクの移転だ。それによって幾つかの保険のカテゴリーがそっくり消えようとしている。次にクラウドシェアランスが伝統的な医療保険、生命保険のカテゴリーに置き換わろうとしている。そして最後にネットワーク、センサー、AIの台頭によって保険の価格設定や販売方法が、ひいては保険業の性質そのものが様変わりしようとしている。
・自動車保険は終わる
現状の自動車保険は自動運転車へ移行が完了した段階で完全に消滅する。
しかし、例えば自動運転車で事故が起きたときに責任を負うべきは誰か。乗客でないのは確かだ。自動車メーカー、あるいはLIDARのサプライヤーかもしれない。インターネットの接続が切れて走行が出来なくなった場合は?接続業を運営するプロバイダーか、それとも衛星の所有者だろうか。こうした問いの答えはまだ見つかっていない。いずれも実際に起きたら危険なシナリオだが、現状の飲酒運転や未成年による無免許運転、高齢者の認知ミスによる事故など自動運転車よりもリスクの高い事だらけなのは事実だ。
・「保険」の前提が根っこから崩れる
保険業は統計学が支配する世界でもあった。医療保険と生命保険のどちらに老いても健康な人が支払う保険料が健康でない人にかかる費用を賄っている。だが健康な人は結局、補償を受けるために不必要に高い保険料を負担することになり、契約上常に敗者になる。ではとびきり健康な人たちがこのような状況にうんざりして同じような健康仲間を作り保険会社を作ってしまったら?オーラリングやアップルウォッチでデータを共有して本当にリスクの高い部分にだけ少額で保険を出し合う。これはビッグデータやブロックチェーン、ヘルスケアが向上すればあっという間に実現する。
保険ビジネスでは1番リスクの低い顧客が離脱すると統計が機能しなくなる。リスクの低い人が抜けるとリスク曲線が劇的に変わる。リスクの高い人たちから費用を賄うために保険料を上げてしまっても残った人も他の保険に乗り換えようとしてやはり保険会社が破綻してしまう。
・クラウド保険の登場
今まさにそうした事態が起きている。主役は分権型のピアトゥピア保険でクラウド保険と呼ばれるようになった。保険会社の代役を務めるのは大量のテクノロジーだ。仲介業者はいない。アプリがデータベースに繋がっており、そのデータベースがAIに繋がっている。加入者は保険料を支払い、必要な場合は保険金を請求し、それをネットワークが承認する。テクノロジーによって伝統的な保険会社が必要としていた4つのようそのうち営業要員、統計学者、管理要員が不要になるのだ。
・「予測と予防」の時代になる
AIとセンサーをフル活用した保険ビジネスを「ライフスタイル連動型保険」と呼ぶ。それによって保険会社の役割は伝統的な「発見と修復」から「予測と予防」に変化する。例えば生命保険の場合、タバコを吸ったら保険料増額、運動をしたら減額などだ。自動車保険も車の使用頻度や運転習慣、急ブレーキの数なども保険額増減の対象にすることが出来る。こうなれば顧客は常に健康や安全運転に気を配るようになり保険会社が健康維持の最前線で活躍するようになる。
・金融
エクスポネンシャルテクノロジーのコンバージェンスによってドルやセントがビットやバイトに置き換わり、これら全ての側面が様変わりしようとしている。その結果、経済も私たちの暮らしもこれまでとはまるで違ったものになるだろう。
・グッドマネー
モバイルウォレットであるグッドマネーはスマホ上にあり、通常の通貨と暗号通貨の両方を置いて置く事ができる。どのATMも利用する事ができ、手数料も年会費もかからない。金利はほとんどの銀行より100倍高い。グッドマネーの顧客はオーナーにもなる。預金するとそれと引き換えに同社の株を受け取れるのだ。さらにグッドマネーは利益の50%を社会問題の解決に役立つ投資や慈善的寄付に投じている。
・送金システムを変えた「エムペサ」
銀行口座を持たない人々にとって融資を受けるのは極めて難しい。この課題を解決するためマイクロファイナンス(貧困層向けの小口融資)を開発した。これが「エムペサ」だ。まずはケニアに展開された。牛やオートバイ、ミシンを買うために僅かな資金を融資し、ささやかな事業の創業資金にしてもらうのだ。それは貧困を脱出するきっかけになる事が多い。当初は小口融資のために作られたエムペサだが爆発的成長の原動力となったのは送金機能だ。送金手数料のかからないエムペサによって、都市部の労働者は農村部の親戚にお金を送れるようになった。サービス開始から現在、ケニアのほぼ全国民に広がっており、人口の2%に相当する20万人が極度の貧困を脱する事ができた。
重要なのはこうした動きは従来のテクノロジーの進歩のあり方を覆すものであるということだ。途上国のイノベーションが先進国で破壊的変化を引き起こすなど、この流れが逆転し始めた。
・ブロックチェーン
銀行は経済システムの中で特異な地位を占める。お金が流れるインフラは全て銀行に帰属するからだ。お金を動かしたい人がいる限り信頼性の高い保管場所として銀行はそのプロセスに介入できる。少なくともブロックチェーンが登場するまではそうだった。
ブロックチェーンの場合、信頼はシステムに埋め込まれているのでこれまでのシステムは不要になる。株取引を例に見てみよう。現在は買い手と売り手がいて、彼らの資金を保管する銀行があり、証券取引所や手形交換所など関与する仲介業者は10社ほどに上る。ブロックチェーンは買い手と売り手以外の全てを不要にする。
・AIの侵攻
投資の世界でもアルゴリズムによるAIの資産運用が主流になってきており、現金の観点から見ても世界的にキャッシュレスが進んできている。
融資の観点から見ても銀行口座を持たない人たちの信用をAIとビッグデータを使って担保し、口座を作る施策も生まれている。口座を持つことのメリットは先のIPの章で記載した通りだ。
・不動産
AI、3Dプリンティング、自動運転車、水上都市、VR。これらのテクノロジーによって不動産業界も一気に変わろうとしている。
・VRとAIで家を買う
不動産に関する決断を支援するのにAIが使われるようになっている。物件の検索、評価、コンサルティング、管理は迅速かつ正確にできるようになった。家賃、入居率、周辺の学校など昔から使われてきた不動産の価値を左右する変数のほか、衛生画像、地理位置情報追跡などの新たなインプットもあり、AI不動産投資家はどんな人間にも構わないような分析能力を手に入れた。
買い手から見たときにVRヘッドセットで内覧することは現在の技術でも可能だが、AIが自身の家具をデータ化し内覧時にバーチャルスペースに置いて物件を確認するということも出来るようになる。リノベーション前提の物件であれば改築の設計もVR内覧時に行うことも可能になる。
・立地という概念が変わる
不動産業界では「立地」が全てだと言われている。だがもう一つ重要な要素としては「近接性」だ。自宅の価値は様々な場所への近接性に左右される部分もある。だがこれからの10年で自動運転車やハイパーループなど移動手段にイノベーションが起きた場合何が起こるだろうか。「最高の物件」の定義が変わり始めるということだ。
・水上都市
水上都市は私たちの直面する3つの問題の解決策として提唱されている。海面上昇、人口爆発、生態系の危機だ。ウォーターキャプチャ技術によって飲料水を、温室、垂直農法、養魚場などによって食料を、太陽光、風力、潮力によって電力を賄う。必要な物資はドローンが配達し、仕事の会議にはVRで出席できるようになれば島から一歩も出る必要がなくなる。
第12章 食料の未来
・2030年のキッチン
2030年、あなたはお腹を空かせている。パーソナルAIがあなたの好みの履歴、必要な栄養素、予定表などを参考に幾つかのおすすめメニューを挙げてくる。メニューを選択するとAmazonのドローンが食料を運んできた。袋の中に見たことのない野菜が入っていたがブロックチェーンを使った食品由来追跡アプリが立ち上がる。謎の野菜は国産の新種のカボチャだという事がわかる。問題のない食料という事が分かれば後はロボシェフに材料を渡すだけだ。20個のモーター、24個のジョイント、129個のセンサーが搭載されたロボットは人間の手先や腕の動きを模倣する事ができる。しかも機械学習のトレーニングに使われたのは5つ星レストランの一流シェフのものだ。
・食料の無駄を無くす
「あらゆる動物は、植物あるいは植物を食べる動物を食べる。これが食物連鎖であり、それを可能にしているのは太陽光から炭水化物を合成する植物固有の能力だ。炭水化物はあらゆる動物の基本燃料であり、太陽光による光合成はこの燃料を作る唯一の方法だ。酸素の代替物が存在しないように、植物エネルギーの代替も存在しない」
アメリカでは国民の8人に一人が食事に事欠く一方で食料の40%が廃棄されている。畑で腐っていくものもあれば、ゴミ処理場に運ばれるものもある。この食品ロスの15%でも救済するだけでも、食料の確保に苦しむ4200万人のうちの2500万人が救われるという。
・食料流通の全ステップが変わる
①生産量
植物の持つ太陽光を食料に変える力を強化する研究が始まっている。1つの穀物から生産できる量を物理的に増やそうという施策だ。年々増加していく人口を賄うためには、現在の農作物の生産量を倍増させる必要があるという。
②腐らない
果物や野菜にはもともと腐敗を防ぐメカニズムが備わっている。皮だ。正式には角皮素と呼ばれる植物の1番外側の層のことだ。アピール社はこの角皮素を人口的に作る方法を開発した。100%天然の植物由来の材料を食品に噴霧しても、有機食品とみなされる。
③垂直農法
腐敗を防げば食べ物の持ちは良くなるが輸送の問題を解決できる訳ではない。農場から食卓までの食料の移動を効率化するため農場を消費者の近くに動かしているのだ。垂直農法と呼ばれる広大な農地ではなく高層ビルの中で食料を育てようという発想だ。垂直農法は食品の移動時間を無くす以外にも様々な問題を解決する。完全閉鎖型の環境で栽培されることから殺虫剤を使う必要がなくなり、水の使用量も減る。災害による不作も起こらない。
・牧畜業の無駄を無くす
地球上の居住可能地域の50%が農地で、そのうち80%が牧畜に使われている。地球上で人間が利用できる土地の4分の1が家畜を飼育するために使われている。世界の食用作物の30%は家畜が食べている。さらに食肉生産には世界の水使用量の70%が使われている。さらに食肉生産の温室効果ガス排出量の15%を占め森林破壊の主な原因にもなっている。
・バイオテックとアグリテックが融合し始めた
こうした家畜生産の無駄を無くすために培養肉の開発が進められている。培養肉が流通したときのスケールメリットは計り知れない。先に述べた土地や水の使用量、温室効果ガスの排出を9割ほどを抑える事ができる。また培養肉のソリューションが向上すれば身体に有益なタンパク質やビタミンを増やし飽和脂肪酸を減らすこともできるようになる。また新たな病気の70%は家畜から発生することから、パンデミックのリスクも抑える事ができる。