すべての技を習得しなかったせいで戦士は窮地に陥るが、自らの創意工夫で見事難局を打開する
◆概要
【すべての技を習得しなかったせいで戦士は窮地に陥るが、自らの創意工夫で見事難局を打開する】は、ストーリーのひな形の1つである。
これ、一見するとどうということのないシンプルなストーリー展開に見えるだろう。しかしじつはかなり巧い展開だ。というのも……
▶パターン1
例えば、【戦士はすべての技を習得する → 窮地に陥ることなく完全勝利】という展開だったらどうだろう?
うーむ、いまいちだ。だってこれでは「主人公が負けてしまうかもしれない」というドキドキ感がないし、「よっしゃ!勝ったぞ!」というスカッと感もない。つまりは盛り上がりを欠く。
▶パターン2
では、【戦士はすべての技を習得する → しかしそれでも窮地に陥る → 独自の技を編み出して勝利】という展開ならどうか?
うーむ、これもベストとはいいがたい。だって完璧に習得したのに勝てないって、それはもう技に問題があるのでは?主人公のこれまでの苦労が茶番劇に、そして彼の師匠が井の中の蛙に見えてしまうではないか。
▶パターン3
それでは【戦士は一部の技を習得しない(or できない) → しかし窮地に陥ることなく完全勝利】という展開は……うん、これはダメだ。一部しか習得していないのに勝利できるって、要するに敵が弱いのでは?拍子抜けだ。やはり盛り上がりを欠く。
とまぁこのように考えてみると、【戦士は一部の技を習得しない(or できない) → そのせいで窮地に陥る → 独自の技を編み出して勝利】という展開の巧さがよくわかるだろう。
◆事例研究
◇事例:映画「ドランクモンキー 酔拳」
「酔拳」とはじつは様々な拳法の総称だ。本作に登場するのは、その中の<酔八仙拳>という拳法である。
酔八仙拳にはその名の通り8つの技(型)がある。例えば、<鉄拐李>。これは「鉄拐李 = 片足一本の仙人」の動きをかたどった技であり、右足のキックを多用するのが特徴だ。
さて、本作の主人公はフェイフォンである。彼はソウ(酔拳の達人)のもとで熱心に修行に励み、次々と技をマスターしていった。
だが、<何仙姑>だけは習得に至らない。なぜならば何仙姑は女性的に腰をくねらせながら戦う技であり、フェイフォンは「ふん!こんなのやってられねぇや」。そう、彼は何仙姑をバカにして修行を怠るのだ。
その後、フェイフォンは、宿敵ティッサムと戦うことになる。フェイフォンは強い。次々と技を繰り出す。だが、ティッサムは名にし負う武術家だ。そう易々とは勝たせてくれない。それどころか、やがてフェイフォンはピンチに陥った。まずい、このままでは負けてしまう!何仙姑を使えれば窮地を脱出できそうなのに……!
その時、師匠ソウがアドバイスを送った「習得した7つの技を組み合わせるのだ!」。かくしてフェイフォンはソウに教わった7つの技を組み合わせて独自の酔拳を編み出し、ティッサムに勝利。
こうして本作は幕を閉じる。