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雨の日には冷えたスプーンを一雨だけが傘に当たる音一

※お立ち寄り時間…5分

海外に住んでいたころ、大学の授業もろくに受けず、旅行ばかりしていた。
『書を捨てよ、街へ出よ』ではないが、足が勝手に動いていた。心のあらゆる弦が、ふるふると音を鳴らしたがっていた。

その日は、ロンドンにいた。

友人の仕事が終わる、その時間に合わせて飛行機を選び、待ち合わせ場所までシャトルバスで急いだ。
数分走ったか否か、ロンドンの見慣れない街中で、急にバスが停まった。バス停はない。

「バスから降りてください。目的地までは、タクシーや列車を使ってください。」

イギリス訛りに気取られ、周りの乗客は、どんどん降りてゆく。どうやらガス欠らしい。

キョロキョロ周りを見渡すと、同じように困った顔をした、アフリカから来た彼がいた。奇跡的にも、行き先が一緒だった。

私と彼は、街の名前も知らない真っ暗な住宅街に取り残された。

月が綺麗だった。

2人で顔を見合わせ、苦笑いをした後、とりあえず、バスが向かうはずだった方向へ歩くことにした。スタンドバイミーみたいに。

何故なら、携帯はWi-Fiがないため、2人とも繋がらず、地図さえ開けない。真夜中に近い住宅街で、歩いてくる人もいない。

なんで来たの?
友達に会いに
あなたは?
兄に子どもが産まれて、それで
そっか
ちょっとゆっくり話して、英語
ごめんごめん、英語苦手?
公用語、フランス語なんだ

ただ、初対面の2人が他愛もない話をしながら
見知らぬ真夜中の街を闊歩する。
すると、彼が、フランス語が聞こえる!と突然走りだした。

たまたま、飲み会の帰りのフランス人に遭遇し、無事に目的地までの帰り道を聞き出してくれた。

目的地の駅に着いて、ホッとしたころ、そういえば名前を名乗ってなかったことに気がついた。

初めまして、またいつかどこかで

握手をする。
彼の手は、暖かくて、夜に溶けていた。


簡単な言葉で紡いだ、夜のロンドン。
偶然が重なって、無事に辿り着いた真夜中の駅。
人生で、1番短くて、濃密な初対面の出来事だった。

イギリスはフィッシュ&チップスだけじゃない。
まるで、映画みたいだった。

それじゃあ、また

また、見知らぬ人へ戻る。
きっと、二度と会うこともない。

名前はすっかり忘れてしまったけれど、改札口へ消えていく彼の背中が今でも、目の裏側に焼きついている。

本当に、夢見たいな、人生で、1番短くて、濃密な初対面の出来事だった。


彼は、いま何をしているのかな?と想う夜明け。

それと、あの日、月が綺麗で本当に良かった。
傘なんて持っていなかったから。

フィッシュ&チップス

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