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樽の中の宝玉
ディオゲネスという古の哲学者は、樽の中、犬のような生活をしていたという。
思えば、我がぼろ家も……野良犬が住んでいそうな佇まいである。
昨今、荒っぽい強盗が流行っているが、間違っても我が家を標的にすることはないだろう。
しかし、もしも……こんなぼろ家の風体はあんがいカムフラージュではないか? ……なて深読みする強盗はいないだろうか?
豪邸の、頑強な金庫に大金がうなっている……と考えるのはあまりにも凡庸な思い込みではないのか。
あんがい、襤褸に埋まった、錆び付いたブリキの箱に、飛びっきり高価な宝玉が隠されているかも知れないのだ。
いや……もしも、詩人の魂を持った強盗ならば……単なる現金や金銀財宝なんかよりも、いっそう価値のある宝玉をこそ、そこに見定めることだってありうるだろう。
まず……玄関前の引き戸……手をかけてもガラガラとスムースには決して開かない。そう。戸車が二つとも破損しているので……これを開けるには、上に持ち上げるように、かつ適度の力を込めないと口は開かない。
へたな防犯よりは理に叶っている。とば口に於いて……ここには戸車を修理する資金すらないと……そんな薄笑いすら聞こえるようだ。
しかし、待て。尋常の方法では開かない入口ということは……その内部には尋常ではない……常識を覆す価値を隠しもっているに違いない。
たぶん……あらゆる価値の上位に君臨する……取って置きの、その価値が分かる人間にしか輝きを示さない神秘の宝玉。
取りあえず……玄関前……ここには鍵がかかっていない。どうぞ……い言わんばかりだ。
あんがい、一つの謎を込めた挑戦なのでは?
凡庸の強盗では理解できぬ……昨今で言えば、「怪盗キッド」あたりにしかその価値の分からない宝物。
まずは、部屋の内部に侵入を試みる。当然、留守であることはかねて調査済みなのだ。
カーテンが垂れ込めてあるのだから……たぶん明かりを点けても不審に思われることもあるまい。
しかし……まずい。蛍光灯のヒモがない。はっは、これも一つの謎なのだろう。当たり前に灯る光は光にあらず、光とは思考の果てにこそ輝くはず。
案の定……近くの椅子を利用し、蛍光灯を指先で捻ることで、ようやく光が部屋を照らす。
ここに至って、さすがのキッドですら面食らうだろう。炬燵の上の古びたパソコン……あとはひたすらガラクタの山。本は散らばり、衣服もほとんど畳まれることもなく散乱している。飲みかけの冷めたコーヒーは……ここまで侵入してきた人間のための持て成しのつもりなのだろうか?
襤褸の中に突っ立っているギター。埃を被ったテレビ。整理箪笥の引き出しは中身が見えるまでに、半ば開いていて……何とも知れぬ紙くずと、履き古した靴下がはみ出している。
時々……ネズミの走る音が天井から聞こえてくる。ポテチの袋が口を開けていて……たぶん、これを駄賃に留守役を依頼されたのだろう。
なんとも小賢しい。こちとらは「ねずみ小僧」なのだ! 同類ではないか……
さて……この襤褸の山のどこに、「宝玉」が秘匿されているのか?
しばしあちこち物色してみたが、何も出ない。
いけない……知らず、詩人の魂を失念し、一般の下司な盗人の強欲がでしゃばる。
落ち着け。何も……世間一般で通用する価値を探していたわけではあるまい。
気を取り直し……不覚にも頭に浮かんでしまった札束の幻を振り払い……ふと目に止まった押入れに手を掛けてみる。
当然、こことて襤褸とガラクタの山なのだろう……そう思いつつ戸を開くと……おお!
思わず……感嘆が口から漏れる。
そう。そこには……おんぼろとはいえ、一式の寝具が納まっているのだ。
常識の徒ならば、舌打の一つも出るだろう。
しかし、詩人の魂を有した強盗は、おもむろに寝具を引っ張り出し……つい床に敷くと、しばし躊躇った後……身体を中に沈めてみた。
そして、そっと目を閉じる。懐かしき子宮にも似た、この樽の中。
……創造の源よ……秘宝たる「夢」に、我を誘いたまえ……
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