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秋の蝶

 落ち葉にも、命のカゲ見る 秋の蝶

 「秋の蝶」という季語があるらしい。立秋を過ぎてからの、ちょっと弱々しく物寂しいながめである。
 夏場なら、恋人探しにも精が出るだろうが……多くの仲間タチは短い生涯を終え永遠の眠りについているというのに、取り残された秋の蝶は何を求めて彷徨い続けるのだろうか?

 日も傾いた公園のベンチで、つい寛いでいると、僕の座る横手に、まさしく秋の蝶が羽を休めた。
 なかなか立派なアゲハチョウだ。盛夏ならば、さぞやスターとして祭り上げられたことだろう。
 しかし、すでに上着の必要なこの時期……派手な見てくれを裏切って、なんとも憐れを誘う印象なのだ。もはや飛翔する力も失せてしまったのだろうか?

 可愛そうに……

 そう思ったとたん、横手の蝶が人語もて、

「おいおい、同情なんぞまっぱらだぜ!」

 僕も驚いて、

「すごいね。人語を操る蝶なんて、初めてお目にかかったよ」
「なに、蝶の一生なんて人間に比べたら短いもの。そのおいらが、この時期まで生きてるってことは、人間に例えるなら百歳もすぎ、てっきり仙人の境地に達したってことさ……」
「なるほど、だからこそ人語も話せるってわけか」
「まあ、そんなところだ」
「よかったら、ちょっと話そうか?」
「いいぜ。実は、おいらがあんたに話しかけのも……まあ、勘なんだけど、あんたもちょっと秋の蝶のイメージが漂うって感じたんでね……」
「同類、相憐れむってわけかい?」
「よしてくれ。憐れまれる筋合いなんぞ微塵もないね」
「それにしても、寂しくはないのかな……」
「何が?」
「だって、遊ぶ仲間もいないだろうし……ましてや恋人とか……」
「確かに、おいらも生まれて間もない頃には、一目惚れした女の子がいてね……」
「で……?」
「ま、おいらもイケメンだし、戀の成就にも自信はあったさ。でも……」
「でも?」
「おいらが声を掛けた瞬間さ。彼女、つい振り返って動きを止めたのがまずかったんだろう。ガキの捕虫網に捕らえられて……」
「……!」
「おいら、自分がか弱き蝶であることも忘れて……彼女の捕獲された籠を追った……」
「……」
「そして、ガキの家まで後をつけ……窓から覗いたけしき……二度と思い出したくも無い」
「まさか……」
「夏休みの宿題だかなんだか知らないけど……彼女は小さな箱の中で磔にされて……」
「……」

 しばし沈黙が続いた。思えばこの僕にしても……生涯たった一人愛した女性は、今では記憶の中の標本箱の剥製なのかも知れない……

「君が、僕を同類と見立てたのも分かる気がするよ」
「そうかい。でも、繰り返すけど……同情はしないでくれ」
「君は強いんだな」
「バカを言うなよ。おいらが、唯一の恋人を失っても……この時期まで飛びつづけている理由……あんたには分かるかな?」
「ぜひ、聞かせて欲しいね」
「言っておくが、おいらは決して孤独じゃない。下を見てみろよ……」
「下? 落ち葉のことかな……」
「そう。落ち葉なんか人間は単なるゴミとしか見ない。でも、おいらにとっては、この大地に降りしきる落ち葉の世界、まさしく……そう。人間にとっての脳……いや魂と言っておこう。おいらには見えるのさ……あの落ち葉のヒトヒラひとひらが、かっての仲間タチの姿に。時に風に舞う姿なんて……あの盛夏のながめそのそものさ……」
「なかなかの詩人じゃないか」
「はっは、そんなご大層なもんじゃないけど……でも見えるのさ。おいらには……風に舞う落ち葉の中に……あの子の姿が……」

 秋の蝶はそこまで語ると、あっと言う間に飛び去ってしまった。そのまま、風に舞う落ち葉になったように……

 

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銀騎士カート
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。