食通劣等生
世の中には「食通」とか「グルメ」とか言われる人達が存在するが、僕には全く無縁である。
もとよりフランス料理みたいな高級な食い物など、殆ど食したことがないので、とやかく言える立場ではないが……世間で一般に言われる……すなわち、この方がより美味しいよ、と言った説があまり受け付けられない。
例えばスパゲッティーの「アルデンテ」……僕の場合「うどん」みたいに芯がなくなっても一向に構わないし、存在感があった方が美味いと言われるハヤシライスのタマネギなども、クタクタになっていないと満足出来ない。
他にも論えば、食に関して色々と世間の一版常識とは掛け違っているらしいが……もはや身についてしまっているので後戻りは出来そうにない。
特に顕著なのが、肉料理……牛のステーキだろう。
一応、自らを肉食系とは公言しているが……実はビーフステーキの焼きかたなど、とても「通」とは言いいかねる。
焼き加減を訊ねられ、「ミディアムレア」とか「ミディアム」を注文するのが一般的らしいのだが、僕の場合は「ウェルダン」か……いっそ「ベリーウェルダン」にして欲しいのだ。
知り合いの一人に、肉は「レア」でなくては食った気がしないと豪語する奴がいたが……こいつ野獣か? ……と、思ったほどである。
肉汁に混じって血液が流れ出し、頬張った口元の歯が血に染まる様を想像しただけで、寒気に襲われるのだ。
実際「コールドビーフ」のピンク色すら苦手で、自宅だったらたぶんフライパンで改めて火を通すことになりそうである。
血が怖いのだろうか?
思えば、ガキの時代だか……空想の中で、自分の本当の父親は「ドラキュラ」だと思い込んでいたものだ。
それでも意地の悪い家族から……吸血鬼は「血」が大好物なんだぞ……お前、飲めるのか?
……と言われてショックを受けたことがあった。
確かに、ドラキュラは人間の首筋から「生血」を吸い取るのだ。
ステーキから流れ出る「血」の色にすらビビっていた身が、ましてや「生血」なんぞ飲めるのだろうか?
子供ながら大いに悩んだものである。
「血」は赤い。要は「赤い色」が苦手なのだろうか?
いや、そんな筈はない。苺だつて林檎だって赤いけれど、むしろ食欲をそそられる。
スイカの赤い色だって同じだ。トマトジュースなんか大好きでもある。
結論として……別に「赤い」色が苦手なのではなく……いっそ色とは無関係に、哺乳類の筋肉や内臓に含まれている、血液も含めた水分に対する嫌悪症なのだと考えた。
何の事はない……加熱していない生の生物の汁気が苦手なのだろう。
確かに当時、刺し身は食えなかったのだが……たぶんその歯ごたえに、食い物あらざる生き物の、生理的な不気味さを感じたからに違いない。
反面、赤い色の、触ると生理的感触のある牛肉にしても一端火を通せば、生々しい色味が消えると同時、含まれている水分は半ば蒸発し、食い物らしい透明な脂肪に変質するわけである。
すなわち、血を体内に含んでいる生き物の肉片であっても、これを加熱調理することに於て……「生肉」ではなく「料理」という全く世界の違う食品に様変わりするのだろう。
たぶんガキながらに、かく考えたに違いない。
無論、当時にして……懸命にドラキュラ近づくための方途として、「生血」を加熱し、砂糖とミルクを加えるところまでは考えが及ばなかったが……
いずれにしても、ドラキュラ落第者としては……いまだに血の滴るようなステーキは、ごめん蒙りたいのだ。