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ピンクのドレスを着て、過去のわたしにさようならを


「せっかくだから、結婚式挙げない?身内だけの小さな式でもいいからさ」


それは夫と付き合って数ヶ月が経過した頃。

狭い1Kでわたしの得意料理でもあるオムライスを食べていた時だった。

結婚式なんてもうこりごり。だからこそ、わたしにとってこのワードは地雷だった。
その傷はかさぶたどころかグジュグジュに化膿していた。

「この前も言ったけど、結婚式はやりたくないの」ムキになりながら答えた。 


互いに返す言葉もなく、沈黙はバラエティのワイプから聞こえる嘘っぽい笑い声が埋めてくれる。

テレビのワイプは嫌いだ。生放送のワイプで誰かの顔が写れば仏頂面だったのに手を叩いて笑ったり、歌番組では口パクしだしたり。

そんな人間の計算高さが垣間見られる瞬間が苦手だった。

だけどこの日ばかりは、その笑い声が本当か嘘かなんてどうでもよくて、沈黙を埋めてくれた事にありがたいと思った。


テレビのボリュームを少し上げて、ぼんやりテレビを見ると、横には1人の女性の写真が飾ってある。 


青色のドレスを着た25歳のわたしだ。 


もちろん、わたしにはバツはない。

これは元彼との結婚式が破談になる前に、
ドレスを試着した時の写真だった。ちなみに撮影者は実姉。

その日、 ドレスの試着は平日だった為に
姉に付き添いしてもらった。いくつかの候補の中、試着した青色のドレスに一目惚れして即決したのだ。このドレス姿を当時の彼はもちろん、友人や家族にお披露目できると思うと胸が高鳴った。帰宅してからも私は浮かれていて、このドレス姿をみる彼の反応を想像しては心がふわふわしていた。


そんな期待とは裏腹に、招待状を送る直前に元彼の親戚トラブルに巻き込まれてしまい、苦渋の決断のもと結婚式をキャンセルすることになった。ちなみにキャンセル料は70万。そして、別れた。(元彼とは同棲して財布を一緒にしていた) 

それだけの大金を払ったのだから、破談になったとはいえ、ドレス姿の写真を飾ることくらいは許されるだろう。

もちろん、元彼には全く未練はない。ただ単に、青色のドレスを着れたことが嬉しくて、この自分が気に入っていたのだ。

そしてあの時、たったの23歳で結婚式に向けて節約してはお金を貯めて、試着とはいえ念願叶って着れた自分のドレス姿。
誰にも見られなかったからこそ、自分だけは見続けていたかった。 

「あの時のわたし、頑張ったよね」と慰めたかったのだ。   

そして、この経緯は夫にも説明していた。 


だけど、夫は結婚式を挙げる意思を曲げなかった。挙げ句の果てには1人で結婚式場に3件ほど出向いて、見学をしては見積もりをもらって来たのだ。 


「結婚式場の人にびっくりされたよ、男の人が1人で見学にくるのは年に1回位です、だって」


そう言いながら彼は私の部屋でプレゼンを始めた。

A式場はエレガントで白を基調にしていて、Bは重要文化財の式場で厳粛な雰囲気、Cはホテルで料理が美味しかったと。
その彼の行動力と饒舌さに終始圧倒された。

そして、わたしも満更でもなく「じゃぁ、B式場が気になるかも」とパンフレットに指をさしていた。  

「気が変わる前に早めに決めよう」彼の後押しもあり、すぐさまB式場にアポをとり2人で出向いた。式場に到着すると豪壮な建物に圧倒され、プランナーさんの営業トークに前のめりになり、ノリノリになりながら2人でサインしていた。わたしも単純なやつなんだよ。

トントン拍子に物事が進んでは、新居と結婚式の準備を進める日々。楽しみにしていたドレスの試着の日がやって来た。

 お色直しのドレスは、やっぱり青色にしたかった。今度こそあの破談になった結婚式のリベンジをしたかったのだ。あの一目惚れしたドレスに近いものを着て、「お母さん、前は残念な結果になったけれど、結婚式挙げれたよ」と家族に見てもらいたかった。 

けれど、展示されたドレスをざっと見ると しっくりくる青色のドレスはなかった。 


「青色がいいんやけどなぁ。ないかー」そう呟いていると、夫が「このピンクのドレスはどう?はるちゃん似合うよ」指をさす。  

そのピンクのドレスは可愛いすぎず、30代に突入した女性にも似合う上品な深みのある色だった。 


確かに青に執着せず、反対にピンクもいいかもと、と思いながら試着をした。

ドキドキしながら鏡を見る。

胸元からウエストは、深みのあるピンクから裾にかけて淡い色になっている。 そのピンクのドレスを着た自分を鏡で見た瞬間、「わぁ、可愛い。ど、ドレスが!」思わず独り言を言ってしまった。

「ど、どう?」

「似合ってるよ、それにしよう!」

そういえば、 男の人に自分のドレス姿を見てもらうのは初めてだった。

そして、夫のびっくりする顔を見て、わたしはあの過去を全て許そうと思った。

誰が悪いとか、あの時こうだったらとか、何がいけなったとかを考えては、「ねぇ、どうして?」と意味のない自問自答を繰り返していた。

くやしくて、苦しくて、悲しくて、やるせなくて、誰かのせいにしたくて、そんな心に蓋をしては知らんぷりしてきた。

もう、消えては生まれてと泡のように自問自答をするのはやめよう。そして、全ての憎悪を一度抱きしめた。


だってわたし、今こんな素敵なドレスを着ているのだから。 



コンビニにてスマホの写真を印刷した。 テレビの横の写真立ては、1人で青色のドレスを着た写真から、試着室にてピンクのドレスを着て夫の腕に手を添えてる写真に。 

今度はその写真をぼんやり眺めながら未来について夫と語り合った。


それから、結婚式も無事に終りふと気づく。 


化膿していたグジュグジュの傷が、いつの間にかカサブタになって、跡もないくらいに綺麗になっていたことに。 


それは過去の自分を受け入れて、過去に執着していた自分にさようならできた証拠だった。

そして、これからのわたし、こんにちはと迎えていた。

傷が癒えたのはいつからだろう?あの日、ピンクのドレスを着た日だろうか、写真を入れ替えた日だろうか、挙式した日だろうか。


この間、久々に青色のドレスを着た写真を見返した。不思議だ、その時はとびっきりと思っていた青のドレスは少しチープだった。言い方を変えると20代半ばだから似合うドレスだったのだ。


 だけど、写真を見返すわたしの心中はとても穏やかだった。 


だから、夫に感謝している。たったの1人で結婚式場を見学しては、ドレスを着せてくれたことに。


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