【短編小説風】夢見た仕事はまっくろくろすけ
ごめん、同窓会には行けません。
いま、まだ会社にいます。
時刻は26時を回ったけど、僕は今も会社で資料を作っている。
CM撮影の本番が、もう2週間後に迫っていた。
必死でPCを操作する僕の背後では、先輩が地面に横たわっている。
ことわっておくが、別に死んでいるわけではない。死んだように見えるだけだ。
他の案件も抱えながら僕の資料作りを手伝ってくれた先輩は、
「そろそろ電池切れるかも」
と言った30分後に地面にぶっ倒れた。
“24時間戦えますか”というコピーが昔流行ったけど、先輩は既に48時間近く戦った後だった。無理もない。
本来、僕は今日高校の同窓会に行くはずだった。
憧れの広告業界に入り、撮影でタレントと会ったことを自慢し、充実した日々の話をみんなに披露するはずだったのである。
ところがどっこい、広告業界は僕の想像を遥かに超えるブラックっぷりだった。同窓会程度じゃ簡単には休めない。
ふいに、幼い頃に観た「となりのトトロ」のセリフを思い出した。
『明るい所から急に暗い所に入ると、目が眩んで"まっくろくろすけ"が出るのさ。』
明るい学生時代から、急に暗い社会人へ。
おまけに、会社は文字通りの”まっくろくろすけ”。
これじゃ目も眩む。
そんなバカなことを考えながら、僕は自分に言い聞かせた。
カッコイイとは、こういうことさ。
ありがとう、糸井重里。
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「本日の撮影以上となりまーす!!お疲れ様でしたああ!!」
先輩の雄叫びがスタジオに響き、僕は意識を取り戻した。
寝ていたわけではない。
先ほどまで撮影スケジュールに追われ、目の前のことで一杯一杯だったのだ。
しかし、先輩はすごい人だ。
僕の3つ上だからまだ26歳。2週間前は床にぶっ倒れていたとは思えないぐらい、しっかり現場を回していた。
撮影は終わった。しかし、僕らの仕事が終わったわけじゃない。
ここからスタジオを綺麗に片付けて、会社に戻るまでが仕事だ。
もうひと頑張り、そう思ってると先輩に声をかけられた。
「帰り、ラーメン行かね?奢るぞ」
迷ったけど『Eat well,live well.』とも言うし、僕はその提案に乗っかることにした。
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「深夜のラーメンって、なんでこんなうまいんだろうな」
「ほんとですよね」
先輩の言葉はわかりみが深い。
深夜のラーメンはお値段以上感があるのだ。
「なんで今日ラーメン連れてきてくれたんですか?」
「資料作りの時、落ちちゃったろ。お礼だよ」
なんと義理深い。
案外いい人なんだよな、この人。
「ありがとうございます」
感謝を込めてスープを飲み干す。
そして、前から少し気になっていたことを聞いた。
「先輩って、何でこの仕事続けてるんですか?」
「なんでって」
先輩はラーメンを啜りながら答えた。
「撮影後のラーメンがうまいから」
「そんな理由ですか」
思わずツッコむ。
先輩は嘘だよ、と笑い答えた。
「自分の仕事が特別だ、って思えるからかなぁ」
「特別?」
「俺らの仕事って、実際は華やかさ皆無じゃない?
でも、作ったものがたくさんの人に観られて。
Twitterとかで感想いっぱい書かれて。
親もテレビで観てくれる。
こんなに人に影響与えれる仕事、あんまないじゃん。
その特別感かな」
「なるほど」
今度は、先輩が僕に聞く。
「お前はなんでこの仕事してんの?」
僕は少し考えて、答えた。
「上司がたまに美味いラーメン食わしてくれて、たまに尊敬できること言うからですかね」
先輩は嘘クセえ、と笑った。
割と本気で言ったのに。
届かない、熱量。
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「奥さんによろしくお伝えください」
僕は感謝と共に、先輩にそう伝えた。
ラーメン屋を出ると、もう朝の7時だった。
「おうよ。じゃあ、幸せな我が家に帰るわ」
そう言って、先輩はタクシーに乗り込んだ。
新婚3ヶ月といえば、幸せの絶頂期だろう。
先輩を見送った僕は、スマホに目を落としてLINEを立ち上げる。
母親からのLINEを、3日間未読にしたままだった。
たまには連絡してみよう。
取らないかもなと思いながら電話をかけると、2コール程で電話が繋がった。
「もしもし!?元気にしてるん?」
朝とは思えないほど元気な声。
僕は思わず苦笑した。
「元気だよ。朝早くごめん」
「仕事行くために起きてたから平気!
そういえば、あんたが作ったビールのCM観たで」
厳密には、僕はスタッフに入っていただけなのだけど。
「そっか。あれ、もう流れてるんだ」
「良かったわ、あれ。出てる人がみんな楽しそうで。
ビール飲みたくなるって、お父さんも言ってたで」
そう言われた僕は、自分が予想以上の喜びと恥ずかしさを感じていることに戸惑った。
そっか。
自分が関わった作品を身内に観てもらえるって、こんな感じなんだな。
「ありがとう。体に気をつけて。
親父にもそう言っといてくれ」
「あんたに言われてんでも大丈夫!
そっちこそ気をつけなさい。
じゃあ、仕事行ってくるわ」
「うん。またね」
電話を切る。
早朝の都会の中で、僕はゆっくり目を閉じた。
僕には奥さんはいない。
でも、頼れる先輩と見守ってくれる親がいる。
そして、少しだけど仕事の達成感もある。
それだけで、今の僕には十分だ。
あとは、彼女でもいれば言うことない。
今日は休みだし、友達に合コンの予定でもないか聞いてみよう。
そう思いながら、帰路に就く。
タクシーを探しながら、僕は自分に言い聞かせた。
おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。
サンキュー、糸井重里。