![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/161030643/rectangle_large_type_2_0e15d3a477008f00613851b8f44406ac.png?width=1200)
本屋さんで、迷子になって
本屋さんではできれば、迷子になりたい。
ありとあらゆるものをインターネットで買えることが当たり前になった今、ひとりの本好きとして、そう思うようになった。
買いたい本がはっきり決まっているときは正直、本屋さんに足を運ぶよりも某巨大通販サイトの方が簡単で、便利だ。交通費がかからず、一瞬で目当てのものを見つけることができ、重い荷物を運ぶ必要もないもの。電子書籍なら、なおさら。
それでも私がせっせと実店舗に足を運ぶのはなぜなのか。街の本屋さんがどんどん減っていく現状がせつなくて、応援のために――という動機もゼロではない。けれどいちばんは、お目当ての本を手に入れるのにかこつけて、偶然の出会いを探しに行っているのだ。
本屋さんへ足を踏み入れ、手に入れたいタイトルを頭の中で唱えながら本棚の間を歩く。そこに並んだ背表紙に視線を走らせ、あるいは平積みにされた本たちの表紙にしみじみ見入っていると、手に取らずにはいられないような「知らない本」に出合うことがある。
例えば「あの作家さん、こういう本も出していたのか」
または「読みたかった話題作、文庫化してる! ラッキー!」
もしくは「内容はわからないし、著者のお名前も知らないけれど、タイトルや装丁に惹かれてしょうがない」
本屋さんへ行くと、かなりの確率でそういう偶然の出会いにあずかれる。それがうれしくて、お目当ての本があるときはいそいそと、ないときも吸い寄せられるように、本屋さんに入ってしまうのだ。
そして、そんな中でも特に質の良い出会いはなぜか、初めて行った本屋さんで起こることが多い。なぜだろう――と考えてみると、馴染みのない本屋さんでは迷子になる確率が高いからかもしれない、と思いついた。
何度も行っているお店では、だいたいの本の並びがわかっている。出版社別なのか著者別なのか、ジャンルはどの程度詳細に分かれているのか、新刊はどこに並べられているのか云々。だから入店後はたいていお目当てのエリアをまっすぐ目指すことになるし、店内をぐるっと回るとしても、あまり馴染みのないジャンルの棚は流し見程度になる。
それに対して、初めての本屋さん。もちろん店の外に出られないようなレベルの迷子になったことはないけれど、自分が探している本がどこにあるのかなかなか見つけられない、という状態には簡単に陥る。
どの本屋さんでもなんらかの法則で本が並べられてはいるのだけれど、その法則を読み解くまではきょろきょろしながら棚の間を行き来することになる。そもそも棚の配置や構成もわからない状態なので余計だ。そしてそのきょろきょろ、うろうろしている過程で、パッと目に入ってくる1冊の本。知らない作者、馴染みのないジャンル、でもすごく面白そう――。
大人になって、ジャンルや作者の好き嫌いがある程度固まっているからこそ、こういうまったく新しい、偶然の出会いというのはとても貴重に思える。同じように感じる人、本好きには多いんじゃないかなあ。
お客が中で迷子になる、という状態は、例えば百円均一ショップやドラッグストアといった、実用品を売っているお店ではできるだけ避けたいことなのだと思う。けれどこと本屋さんという、「偶然の出会い」を求める本好きが集まりやすい場所では、迷子という現象もプラスに働くのではないだろうか。
もちろん本屋さんであっても、お目当てのものをすばやくみつけて買い物を早く済ませたいという人もいるだろうから、全部がぜんぶそんなお店になっては困るけれど――私がもし本屋さんを開くとしたら、思いっきり迷子になれそうな場所にしたい。
例えば、定期的に本の並べ方ががらっと変わる本屋さんなんてどうだろうか。
大型書店の文庫本コーナーではだいたい出版社別に本が並べられているイメージだけれど、たまに著者別の並びになっている店舗に出会うと、本のラインナップ自体は大差なくても、すごく新鮮な気分になる。ふらっと訪れるたびそんな新鮮な気分を味わえて、常連になったとしても何度でも迷子になれる本屋さんがあったら素敵だ。
どんな並べ方にすれば、楽しく迷子になれるだろう。
著者別で並んでいる書店ではまずはジャンルや本の形式ごとに区画を作り、そのなかで著者名の並べ替えをしているというケースが多いけれど、いっそジャンルもごちゃまぜにした著者五十音順というのも面白いかもしれない。料理研究家の隣にミステリーの大家、その隣には新進気鋭の若手歌人。そんな空間で、お客さんに思い切り宝探しをしてもらうのだ。
もしくはそこまでするならもう、タイトル五十音順なんてどうだろうか。著者もジャンルも一緒くたのカオス。タイトルの並びだけに秩序がある。「愛」という言葉が頭につく本ってこんなにあるんだなあ、なんて楽しめるかも。
あるいは地域別に並べかえ。著者の国籍別というわけではなく、ある国をテーマにした旅行本の隣にはその国の歴史や文化についての書籍、そのまた隣には同じ国が舞台の小説を並べるという具合にしたい。
憧れの地にどっぷり浸ってもいいし、まったく聞いたこともない国に手を伸ばすのも面白そう。日本国内は都道府県別にしましょうか。自分の出身地のコーナーを見つけたらきっと、ついつい吸い寄せられてしまう。ハイファンタジーの扱いにすこし迷うところですね。
最近海外小説に興味を持ち始めた身としては、翻訳家別というのにも興味がある。好きな作家さんが訳している! というのをきっかけに、新たな出会いがありそうで。
そうそう、装丁別というのもやってみたい。好みの装丁を探しやすいようにして、思い切りジャケ買いを楽しんでもらうのだ。
例えば表紙の色別。自分の好きな色を物色するのはもちろん、「青色のコーナー、やけに○○ジャンルが多いな~」とか、発見もいろいろありそう。
もしくは表紙のイラストや絵を手掛けた人別とか。装丁家別……というのも、難しいかもしれないけれどやってみたいな。
アイデアはいろいろ出てくるけれど、実行は相当大変だろう。たくさんの本を定期的にぜんぶ移動させるんだもんね。働いているうちにムキムキの肉体が手に入りそうだ。店主がムキムキの本屋さん、ギャップがあってそれはそれでいいかもしれない。
ああ、楽しくなってきた。内装はどうしようかな。観葉植物なんかも置けたら素敵だけれど、湿気は本の大敵だからやめて、代わりにお店の入り口にたくさん草木を植えたい。たっぷりの葉がつく常緑樹や、涼しい香りのハーブや。もっこう薔薇も茂らせたい。あかるい日差しの下、したたるような緑をくぐって店内に入ると雰囲気が一変、迷路のような本の世界に引き込まれる――なんてね。
大学時代、古い文献を探すときは、半地下の書庫に降りる必要があった。しんとした、木と古い紙のにおいがする、薄暗い書庫。あんな感じの、世間から少し隔絶した雰囲気の中で、本と二人きりになれる空間にしたい。浮世離れしているけれど居心地はよくて、いつまでも中で迷っていたいような。
例えばチョコレート色の無垢材の床、ひんやりした手触りの漆喰の壁、日なたくさい、年を経た木材で作られた調度。思索を邪魔しない程度に、ごく微かに流れるインストゥルメンタル。
本棚は背が高いものがいい。角を曲がるたびに、この本棚の向こうには何があるんだろうとどきどきできるくらいの高さ。迷子になる気分をより味わえそうだから。
黒いアイアンのシェードがついた無骨なランプにあたたかい色の電球を灯して、道しるべみたいに配置しよう。さまよいすぎて疲れたときのために、ちいさなスツールもちょこちょこと置きたい。そこで本を読みふけってしまう人も出てきそうだけれど、それもまたご愛嬌ということで。
そうそう、最後に大事なこと。
「迷子」がコンセプトの本屋さんだけれど、レジの場所だけはぜひともわかりやすくしておかなければ。
素敵な本と出合って、一刻も早く読みたい! と気が急いているときに、会計場所がわかりづらいことほど業腹なことはないから。
***
メディアパルさんの、素敵な企画に参加させていただきました。
みなさんの妄想本屋さん、知りたいです。ぜひ!