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読書日記(2024年10月)

柄にもなく、たくさん人と会った10月だった。友人と会ったり、仕事での交流会に参加したり。
文学フリマへの出店も決定し、猫ももうすぐやってくる……と、楽しみな予定がどんどん増えていく一方、なにかと気ぜわしい月でもあった。読書の方も初読の本が多い。変化の月だ。


書こうとしない「かく」教室|いしい しんじ

凛さんと入った文喫で読んだ。
文章術の話とか、「小説の書き方」みたいな本かというとぜんぜんそうではなくて、前半は特にいしいしんじさんの人生の話が続く。三崎、松本、京都での暮らしと、そこで出会った人々と、小説を書く仕事の話。『ポーの話』とか『みずうみ』とか、大好きなお話を書いているときにいしいさんがどういうふうに暮らしていたかを知ることができてうれしい。

豊かなものを書く人の人生は、やはり豊かなのだ、という事実が静かに迫ってくる感じがした。しあわせとか不幸せとかそういう単純な話ではなく、なんというか、ただ、豊か。

以前リクルートで働いておられたのを初めて知ってびっくりしてしまった(全然イメージが違う!)けれど、いしいさんが書く物語の、無垢さと不気味さと崇高さと残酷さともの悲しさとおかしさと、いろいろなものがごたまぜになった様子を思い浮かべると、そりゃあリクルートのひとつやふたつ人生に混ざっていたってなにもおかしくないよなあ、と妙に納得した。

人類学者と言語学者が森に入って考えたこと|伊藤 雄馬・奥野 克巳

これも文喫で。
森で暮らす狩猟民族の中に分け入って研究を行っている、という共通点を持つお二人によるご本。
論考のあいだに差しはさまれる対談がとてもよかった。同志を得て生き生きと語るお二人の顔が目に浮かぶようで。特に、それぞれが研究している民族の言語で会話をする(!?)という試み、好きだったなあ。基本ちゃんと通じて、でも完全には通じなくて。それぞれの単著も読んでみたくなった。

https://www.kyohyo.co.jp/publication/detail.html?id=184

買えない味/おいしさのタネ|平松 洋子

こっちは文喫で購入して家に持ち帰った本。
以前読んだ『焼き餃子と名画座』は外食の喜びを余すところなく語ったエッセイ集だったけれど、こちらの2冊にはいずれも「買えない」、つまり家の中でだからこそ感じることができる、食の楽しみがぎゅっと詰まっている。

ふきんをいつも白く保って使うこと、鉄瓶で湯を沸かすこと、うつわを楽しむこと、到来物の干物を更に自宅で熟成させること――憧れながらもなかなか手を出すことができない、ていねいな暮らしの象徴のようなものごとたち。それがもたらしてくれる幸せがページ全体からあたたかに匂い立っていて、ほうっと息をつく。思わず南部鉄の鉄瓶を買い……はしないけれど、今日は野菜をたっぷり使って自炊をしようかな、というようなことを思わせてくれる本だ。
たっぷりと収録されているカラー写真もまた素敵。棚に並んでいる分をそのまま買ってきてしまったのでシリーズ3冊の中の2作目だけが欠けている状態なのだけれど、そちらもそのうち手に入れたい。

旅ドロップ|江國 香織

職場の人が旅行へ行く、という話を聞いて、うらやましくなって読み返した。長い距離を移動するというほかにもいろいろと「旅」に出る方法はあるのだよ、と教えてくれるところが好き。教えに従って京都市植物園へゆき、芝生にレジャーシートを敷いておいしいパンを食べたり本を読んだりした。ここは周りに高い建物がなく、芝生に寝転がった時に人工物が(ほぼ)見えないところが最高。リフレッシュ加減でいうとこれも完全に旅だった。

妹さんと一緒にお母さまを海外旅行に連れてゆく一編があり、ふだん超然としてマイペースな(ペースを乱されるとしたら人ではなく、天気や香りや色や、そういったものによってというイメージがある)江國さんが、お母さまの輪をかけた自由さに振り回されている様子が新鮮でキュートだった。私も最近母の東京観光をアテンドしたばかりだったので、深く共感しながら読む。

Q&A|恩田 陸

不穏な気持ちになりたくて、久しぶりに読み返す。
題名の通り様々な場面――取材とか、取り調べとか、日常会話とか――でやりとりされるQ&A、つまり会話文だけで物語が進んでいく形式のミステリ。

読んでいる間すごくストレスで、というのも登場人物のほとんどはもちろん事件の真相についてはわかっていないわけで、事実というよりは主観に基づいて会話をしているわけで、その会話の断片から我々読み手はなんとか真実(らしきもの)を読み取ろうとするわけで……2重3重にかかった紗のカーテンの隙間から何かがちらっと見えてはすぐかき消える、そもそもそんなものが見えたかどうかすら定かではなくなる、五里霧中よりはちょっとマシ、みたいな状態でずーっと進んでいくのだ。ストレス。

読後感も爽やかとは言い難いものなのだけれど、それでもこうして再読してしまうというところに、Q(謎)とA(答え)に対する人の欲望の強さを実感してしまうことだなあ。わからないことは、愉しい。

上流階級 富久丸百貨店外商部 2|高殿 円

『Q&A』を読んだことによる釈然としない気持ちをすっきりさせたくなって本屋で衝動買い。以前読んだ百貨店お仕事小説(リンクは当時書いた読書日記)の2冊目である。
登場人物がみんな好きなので、1作目より人間関係がこなれている感じがしてなんとなくうれしくなる。ミーハー心をくすぐられるブランド名やキラキラした上流階級の生活の描写、やんごとなき方たちや癖の強い同僚たちに振り回される主人公、程よいピンチと機転と度胸と大団円。エンタメとして相変わらず完璧。Ⅲ以降も読もうかな。


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