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【連続小説23】愛せども

ここではないどこかに行きたい。リサとシュン以外の誰かと話したい。僕はその思いで、LINEの友達をスクロールしていた。誰かと話したいと思っているくせに、いざアカウントの名前を見ても、特に話したいと思う相手は見あたらない。本当の友達は、この中にいるのだろうか。LINEの「友達」という文字が、何も意味していない単語に見えた。

ふと手が止まる。「ナカダさん」…。以前、建設現場の日雇いのアルバイトをしたときに、何回か一緒になって何となくLINEを交換した人だった。現場が被ることが多かったので、土曜の現場のあとに2回ほど飲みにいったことがある。それももう何年前だろうか。

ナカダさんは少し変わった雰囲気の人だった。身なりもきれいで、言葉遣いも丁寧。こう言っちゃなんだが、建設現場の作業員っぽくはない。飲みにいったときも、映画や音楽の趣味が合って、文化的なものに造詣が深いようだった。

決してものすごく仲良かったわけではないが、ナカダさんに話を聞いてもらいたいと思った。緊張しながらLINEを送った。

意外にもすぐに返事は帰って来て、その週末に飲みに行くことになった。

新宿駅で待ち合わせていると、
「うい!」との声と同時に、腰を軽くはたかれた。
緑の大きめなTシャツに、色あせた味のあるジ-ンズとくだびれたVANSのスニーカー。
ラフな格好なのに、何か思想を纏っている印象だ。相変わらず不思議な人だ。

「久しぶりだなあ。なにしてるの最近は」
「や、実はナカダさんに…」
話し始めた瞬間、何かを察したようにあナカダさんは横から入ってきて、
「いいわいいわ、居酒屋行ってから聞く」
笑いながら急に会話を切り上げる。

最近やっている仕事の話、よく見ているネット番組の話、まったく取り留めのないことを話しながら、僕はナカダさんに歩を合わせる。
どこに向かっているのか、まったく気にならなかった。心地いいリズムの会話に身を委ねて、ふわふわと舞っていたような感覚。

「ここ、入るか」
ナカダさんは指さしたのは、おそらく昭和の初期くらいから風貌を変えていないと思しき外観の居酒屋。とても雰囲気がある。そもそも、新宿で飲むというと歌舞町ばかりで、こちらの方面は全然来たことがなかった。

ナカダさんと仕事帰りに行っていた場末の居酒屋とはまた違い、かといってフォーマル過ぎない、丁度良いオシャレさがあるお店だった。

店員さんに奥へ通され、曲線状に切られた木のテーブルに着く。
「さ、なに飲むか」
ナカダさんが目の前に座った瞬間、とても懐かしい気持ちになった。
すべて捨てて、あのときに戻りたい。そんな衝動に駆られた。

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