架空旅行記A#14
…どれくらい歩いただろうか?
私は今無性に腹が立っている。
なにが、実に晴れやかだ、なのだ。
弘大から約1時間くらい歩いたところで
私は喉が渇き、ちょうどEDIYAがあったので
アイスコーヒーを買って飲みながら
さらに行くあてもなく歩いた。
秋とはいえ、
やはり小一時間も歩くと汗ばんでくるし
ちょうどいい気候でとても心地がよかった。
と、ここまでは良かったのだ。
その後、
旅だということで勇んで履いてきた
新しいスニーカー、
これがまず仇となった。
歩き出して少しした辺りから違和感を感じ出し
案の定、どんどん痛くなってきた。
そう、靴擦れだ。
もう痛くてダメだという辺りで
コンビニに寄り絆創膏を買って貼るが
やはり痛い。だが仕方がないので
再び歩き出し、少しした時に
私はコンビニの入り口テーブルに
買ったばかりのコーヒーを
置いてきてしまった事に気がついた。
しまったな、と思い
足を引きずりコンビニへ戻ると
ちょうどシフトの入れ替わりの時間だったのか
店員が表を掃除していた。
もちろんコーヒーは無い。
大きな溜息こそ出たが
まあ仕方ない。
自分が悪いのだ。
コンビニで新たにペットボトルのコーヒーを買い
私は再び歩き出した。
そこから30分くらいした辺りで
私は住宅街へと足を踏み入れていた。
やはりこういった旅は
雰囲気を楽しまないと
行き当たりばったりでいいではないか、
と、携帯の地図は見ないでうろついていたところ
行き止まりに差しあたること3回。
すれ違う人に舌打ちされること2回。
飲んでいたコーヒーがこぼれ
服にシミがつくこと1回。
いや、散々だなこれは
と後悔し始めたところで
雨が降り出した。
はじめのうちはまだ小雨だったので良かったが
だんだんと強くなってきて
一気に本降りへと変わった。
帽子でもあればまだ良かったが
私はライブハウスに忘れている。
ここからだ。
だんだんと腹が立ってきたのは。
なにが、むしろどうでもいいのだ、だよ!
晴れやかどころか雨降ってんじゃねーか!
先程の自分の、若干気取った心持ちが
妙に許せなくなってきたのだ。
とはいえ雨はどんどん強くなる。
苛つきながら足を引きずり走り出すと
小さな公園があった。
見ると東屋がある。
これは助かった!と思い
そこまで駆けてゆき
まだ濡れていないベンチに腰をかけた。
はぁはぁ。
濡れはしたがまだ大丈夫だ。
本当に助かった。
とりあえず落ち着こう、と
煙草に火をつけ煙を吐く。
ふぅ。
いや、しかしすごい降ってるな。
さっきまであんなに晴れてたのに…。
天気というのは本当にわからないものだ。
吸い終わり灰皿で消す。
コーヒー飲んでから立ち上がり
ギリギリまで近づいてみるが
さっきよりも雨粒が大きくなっている。
こりゃ当分止まなそうだ。
まいったね、
などと思いながら携帯を出し
まあ何か動画でも見て時間を潰すかな?
と携帯を見ると電池残量5%。
そうだ…、
昨日は充電できなかったから
もう全然ないんだ…。
はぁ、
とポケットから煙草を出し
もう一本吸おうとしたが
これもさっきの一本で底をついていた。
思わずチッと舌打ちをしてしまい
煙草の殻をクシャっと握り潰し
投げ捨てようとしたが、
なんとか思い留まり
振りかぶった手をポケットにしまった。
ただ茫然と雨を眺めている。
ザーッと勢いよく降る雨。
遊具が静かに濡れている。
公園の外の通りを
傘を差した老婆が歩いている。
いやはや、
いつまで降り続くかな?
たとえ止んだとしても
ここが何処だかもわからないし
一体どうやって帰るかな?
とぼんやり考えていたら
老婆がゆっくりと公園に入ってきて
こちらに近づいていることに気がついた。
おや?
と思い眺めていると
ゆっくりと階段を上がり、
東屋の前まで来たのだ。
少し驚きながらも見ていると
老婆は傘をたたみ東屋に入ってきて
ちょこんと私の隣に座った。
え?と思って横を見ると
しっかりと目が合ってしまった。
なんだろう…これは気まづい…。
すると
「アンニョンハセヨ。」
と声を掛けてきた。
老婆の声はとても柔らかだった。
「…あ、アンニョンハセヨー…。」
と返事をすると
ゆっくりではあるが矢継ぎ早に
色々と話しかけてきた。
「ああ…、す、すいません、私韓国人じゃないので、ちょっとわからないです…」
と言うと、
一瞬で真顔になり、こっちを見たまま
ピクリとも動かなくなってしまった。
これはまずいぞ…。
数秒の事だったとは思うのだが
私にとっては何十分という体感だった。
沈黙。
この時ほど
雨が降っていて良かったと思ったことはない。
雨音だけが私の救いだった。
ゆっくりと手を口元に持っていき
ゴホンと大きな咳払いをして
老婆は一度目を瞑った。
その後、急にカッと目を開き
にっこりと微笑んだ。
「…日本の方なんですね、こんにちは。…ちょっと久しぶりに話すから、正しいかわかりませんけど、わかりますよ、日本語。…どちらからいらしたの?」
あまりの展開に理解が追いつかず
ただ唖然と老婆を見つめていたが
はっとして咳払いをひとつ。
「…あっ、ああ、えっと、すいません!あの、こんにちは!私は、えっと、東京から来ました。あの、えっと…、ゴホン、こ、こんにちは。」
慌ててたので2度も挨拶してしまったことに
恥ずかしくなったが老婆は気にする様子もなく
「…あら…、そうなのねぇ…。」
とだけ言って
こちらから視線を外し雨を、公園を眺めだした。
私もつられて公園を眺める。
先程と同様の、雨の公園だ。
しばらく雨の音を聞いていると
いつの間にかこちらを向いていた老婆が
口を開いた。
「ねぇ、あなた…。ひとつお願いがあるのだけれど…。いいかしら?」
「えっ?何ですか?私にできる事ならいいのですが…、なんでしょうかね?」
老婆はにっこりと笑い、こう続けた。
「…何か食べる物は持ってないかしら?」
幽
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