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春の前髪とねこのヘアピン。
あとになってわかることがある。
菜の花や山菜みたいに、
大人になってからしみじみしてしまう。
時間をかけてそのおいしさが胸にじんわりと
沁みてくる。
そのときには気がつけないんだよね。
🔷🕑🔷
「何で!こんなんじゃ学校いけない!
へたくそ!さいてー!」
予想以上に短くされた前髪を抑えて
わたしは母に向かってわめいた。
小学5年生の春休み。もうすぐ新学期という
そわそわする季節で、母が進級する前にと
髪切りバサミを持ってきた。
母は大抵器用にこなすタイプなのに、なぜか
前髪を切るのが下手くそだった。
変にしないでよ、ってさんざん念を押したのに
やっぱり今回もこけしになった。
これじゃ新しいクラスで笑われる!小学生女子の心は嵐のように荒れた。
しばらくひたすら前髪を片手で押さえて
過ごしていた。
母はごめんと何回も謝ったけれど、
わたしは変に強情で春休みが終わるまで口をろくにきかなかった。
新学期の朝、母はかわいいギンガムチェックの
袋をくれた。
それつけていきな。ごめんね。
わたしは、いいよ、のひと言が言えなくて
黙って受け取って学校に行った。
……途中で我慢出来なくて袋をあけると、
黒ねこのヘアピン。
わたしは当時ねこにハマっていた。
悔しいけど可愛い。
サイドにぱちんととめると
意外とこけし頭にもよく似合っていた。
まあ、許してやろうじゃん。
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新しいクラスで無事仲良しの恵ちゃんと一緒に
なれて、ほくほくと帰宅した。
帰るころには、前髪のことなんかすっかり
忘れていたのだけど、
家の扉を開けると母がわたしがからかわれなかったか心配そうに立っていた。
……ヘアピン、似合ってるよ。
母は嬉しそうに自分の前髪のあたりを押さえた。
まったく、褒めたらわたしが許すと
思ってるんだから。
……もういいよ。おやつは?
やっと言えたもういいよ、に母はほっとした
表情でいつもよりちょっとお高そうなクッキーを出してきた。
たまには2人で食べちゃおう。
春のおだやかな日差しが部屋に差し込む。
🕑🔷🕑
わたしは当時の母と同じ歳の娘をもつ
母親になった。
実は、わたしもご多分にもれず娘たちの前髪を切るのが下手くそだ。遺伝だろうか。
ごめんごめん。
母と同じヘアピンの魔法で、
こけしの前髪をごまかそうとして
娘にむくれられている。
976字
大好きな凛花さんの企画に参加させてさせていただきました。
優しいオルゴールみたいな文章が
凛花さんの魅力。
🔶プロフィール🔶
ゆず
思春期姉妹の愉快なおかん。
ADHD×ワーママ。ものを書いて猫と暮らすのが夢。
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