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傷ついた心を癒し希望へと導く、お守りのような一冊。小川糸 著『小鳥とリムジン』

こちらのnoteは、ポプラ社様の企画「小川糸さん新刊SNS応援メンバー」にて、ご恵贈いただいた書籍のレビューです(PRを含みます)。


『食堂かたつむり』や『ライオンのおやつ』など、食や死を通して生きることについて向きあい、描いてきた小川糸さん。そんな著者の新刊『小鳥とリムジン』(ポプラ社)は、三作目の「生」について描いた物語であり、「人を愛すること」がテーマとなっている。

とある依存症を抱える母親に、顔も名前も知らない父親。身の危険に怯えながらの生活、児童養護施設での日々など。子どもの頃の家庭環境や出来事を理由に、心を閉ざす主人公の小鳥。しかし、自分のことを大切に思ってくれる人々と出会い温もりに触れるうちに、心と体を取り戻してゆく──。


一括りに「愛」といっても、表現の仕方は人によって異なる。例えば、ストレートに言葉で伝える人もいれば、口にせず行動で示す人もいる。また、親や友人、恋人など、相手との関係性によっても伝え方は変わってくるだろう。作中に登場する人々も、それぞれの立場から小鳥に多様な愛を注ぐ。そして小鳥は、相手からの愛により少しずつ己の殻を破っていく。

変わりゆく彼女の行動や言動に、驚く読者も少なくはないだろう。私も、彼女が新たな一面を見せるたびに驚き、微笑ましくも思った。


そして、もうひとつ注目したいのが、著者いわく本書は、「命の誕生につながっていく、その前のところ」を描いた物語であることだ。ここでいう"その前のところ"とは、「性」を意味する。小鳥にとっては、幼い頃から身近なものであり嫌悪感を抱く存在だ。

作中には小鳥の過去の記憶として、彼女の話や身近な人におきた出来事も登場する。そのなかには、性にまつわるエピソードも含まれているのだが、彼女が背負うものの重さに感情を大きく揺さぶられた。それと同時に、その出来事を単に“物語の中だけの話”として片づけて良いものか、という疑問も生まれた。

そんな、穏やかとは言い難い子供時代を過ごした小鳥に、転機が訪れる。お弁当屋の店主「理夢人(りむじん)」との出会いだ。作中で理夢人は、小鳥を大切に想っていることを言葉と行動で真っ直ぐに伝えている。そのなかには、自身が小鳥に触れたいと思っていることを話す場面もあるのだが、その後の言葉が強く印象に残っている。

でも、小鳥がそれは嫌だっていうなら、しなくていい。嫌だって感じることは、どんなに小さなことでも、絶対にしちゃダメ。それに関しては僕、ちゃんと約束を守れる自信がある

本文p.195より引用

これは、愛する人を傷つけないためにも心に留めておきたい考え方だ。そして受け入れる側も、「嫌なことを嫌だと言っていいんだ」と思えることによって、一方的な欲求から自身の心と体を守れるのではないだろうか。少なくとも私は、そう感じた。

このように本書には、人を愛すること、お互いを大切にしあうことについて、小鳥と理夢人を通して描かれている。読み進めるなかでハッとさせられたり安堵したりと、さまざまな感情が生まれるだろう。そして、目に留まったその一節は、あなたを支えるお守りになってくれるはずだ。それくらい「彼ら」の言葉には、力強さと安心感がある。


「愛」「生」「性」と、重みのあるテーマにスポットを当てて紹介した本書だが、その他にも香りや食といった要素も含まれている。この2つは、小鳥の心を癒し希望へと導いてくれる存在だ。丁寧に描かれた精油や料理の場面は、その様子が自然と頭のなかに浮かんできた。読み進めていくと、心も穏やかになり満たされていく感じがした。とくに精油は柚子やレモンなど馴染みのある香りも登場するため、「こういう香りだよな……」と想像しながら読むことで、物語との距離がグッと縮まった気がする。このような楽しみ方ができるのも、本書の魅力といえよう。

本書を読み、愛とは必ずしも望んだ相手から向けられるものではないのだと、改めて痛感した。それは、血の繋がった親だとしてもだ。当たり前ではあるが、突きつけられると胸にこたえるものがある。しかし、休みながらも前に進むことをやめなければ、自分を大切に想ってくれる人と出会える。負った傷も、しだいに癒えていくだろう。そして、この世に生まれたすべての人が、幸せになる権利があることも、小鳥が自身の人生をもって教えてくれた。『小鳥とリムジン』は、傷ついた心を癒し希望へと導く、お守りのような一冊だ。

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鶴田 有紀
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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