🍥燻製レモン2🍥
蠱惑の進次郎構文に拐かされて終わった燻製レモンパウダーの記事だったが、せっかく作った芳しいそのイケナイ粉を、今回はキッチリと活用していこう。
燻レモンパウダーをつくる契機となったイタリア人シェフよろしく、アーリオをオーリオしたペペロンチーノでボナペティってみるのも良いが、燻製ばかりに勤しむ夫を生暖かい白い目で見守ってくれている妻の機嫌も考慮しておこう。ここは夫として、雄々しく女子力をメリメリとひねり出してお菓子を作ることに決めた。
決めたとはいえ、私はお菓子沼につま先をつけてウフフキャッキャしている程度のど素人だ。創作スイーツなんて夢のまた夢といえる。身の程をわきまえて、えもじょわ先生のレシピを丸パクリ参考に作っていこう。
週末に楽しむレモンケーキ、ウィークエンド・シトロンだ。
早速、材料を燻製にしていく。「他の材料をスモークしたら燻製レモンパウダーの効果が判らなくなるじゃん」と、私のなかの天使が囁き自制を促したが、燻製家の本能と「燻しちまえよ」という悪魔の声がそれを許さなかった。
しかし──古き良き時代のロボットがごとき威容だ。そして、焦点があべこべを向いていて不気味なことこの上ないが、これはバターと全卵の燻製だ。バターが融けぬよう、そして卵に火が入らぬように、20℃以下をキープした冷燻法で行った。
粉類に燻レモンパウダーを加える。分量は....直感だ。
檸檬柑橘師として、レモンゼスト、そして果汁もたっぷりと加えていく。
生地を練るたびに香り立つレモンと煙。これは焼きあがりに期待できそうだ。楽しみすぎてトイレが近いが、よくよく考えたらケーキ作りの相棒にビールをガブガブと飲んで生まれた多幸感の副産物なのかもしれなかった。
なかなかにふっくらと焼きあがったが、エイリアンの幼体チェストバスターが宿主の胸を突き破り飛び出たがごとく開放型の割れ目が出来ている。子供の頃にこたつに隠れながら、その場面を観て震え上がったことを思い出し、強烈なノスタルジーが湧き上がってくる。淀川長治さんの「さよなら×3」が聴こえた気がして、思わず涙が出そうになった。
エイリアンの登場人物や、焼き上がったこのケーキのように、私の胸も壊れそうだ。
感傷的になった中年男性ほど薄気味の悪いものはない。おセンチは蹴飛ばして先に進もう。
エイリアンの出口を塞ぐかのように、レモン果汁と粉糖を混ぜたアイシングをたっぷりと塗っていく。
ピスタチオの代わりに刻んだかぼちゃの種、レモンゼストをあしらって完成だ。
燻製レモンやボードで飾ってはみたものの──それは、海底を蠢くアメフラシを思わせた。
しかし、作った私は知っている。それが──アメフラシではないことを──。
アメフラシごっこはさて置いて、もそっと大きく食べてみる。
おお──これはいい...
口いっぱいに拡がる、圧倒的レモン。
当たり前である。これでもか、というほどにレモンを入れてあるのだ。これでイカ墨の風味がしようものなら、かつて先祖とイカが血で血を洗い墨で墨を濯ぐ争いをしていた可能性がある。可及的速やかにイカの碑を建て、スミの霊を鎮める必要を──感じなくもなくもない。
イカスミモニュメントはさて置こう。レモンの味わいからひと呼吸遅れてスモーキーさが現れた。
私は目を瞑り、煙を手繰り寄せる。
これは──ミズナラ、クルミ──
この鮮烈さは──すこし、サクラを加えているか....
そして──木とまったく性質のちがうスモーキーさ──これは、泥炭だ....しかも、スコットランド北部のものだ
それらの煙で燻されているのが──
この──表皮の質感は....広島のレモンだ
そして──雌牛の乳で作ったバターと──雌鶏が産んだ──卵にちがいない....
嘘である。
そんなに鋭敏な味覚は持ち合わせていないし、よしんば持っていたとすれば、なんというか──生きづらいことこの上ない。そして、乳は雌牛、卵は雌鶏、というのは世の必定だ。雄牛が乳を出し、雄鶏が卵を孕んだら──多様性にも程があるし、それはもはや──世も末と言えるだろう。
ふんわり、しっとり、というよりは、ぎゅっと締まった食べ応えのあるケーキに、レモンアイシングの甘酸っぱさが抜群に合う。かぼちゃ種とレモンゼストも面白いアクセントだ。そして、レモンの風味のあとに漂うスモークがいい仕事をしている──が──
それが、バターのものか、卵のものか、そして、燻レモンパウダーのものなのかは、杳として知れない。
という天使の声を無視した結果、燻レモンパウダーの効果実証をフイにしてしまったのであった。
ちなみに、レモンのことを隠語では「欠陥品」や「できそこない」といったニュアンスで使うそうだ。
せっかくの週末に、目的をフイにした私のような愚か者のことを、
週末の役立たず、という。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?