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免罪符とダブルバインド

こんにちは!のぞみ@心と身体の漢方おねえさんです。
今日は、この「毒親」と「免罪符」の話。
ポストしたけど、もう少し詳しく書きたくなった。

毒親という言葉が苦手だった
他責に見えるからだと思ってたけど
実際のところは、自分が「親から愛されてなかった事実」を見ないフリしてたからだ
母は外食や旅行にも連れて行ってあげた
学費も習い事もさせてあげた
大学にも進学させてあげた
「素晴らしい母親である」とアピールしてたが、
実際は 教師の娘であるための過干渉と
私、趣味嗜好など個には無関心で
立派な毒親だった
でも「素晴らしい母親」という言葉を私は35年以上信じ続けていた
親としての衣食住や教育の提供、
旅行や学費、医療費を出してくれていたから
「毒親ではない」と思ってた
虐待を受けたわけでも
衣食住に、困ったわけでも、
進学を諦めた訳でもなかったから。

多少の不自由さはあったけど、
もっと制限されてる子よりはマシだし、と思ってた。

だから「毒親」という言葉を使う人が、
それこそ「免罪符」のように見えて仕方がなかった。

仮に毒親だったとして、それを逃げ道にしちゃダメじゃね?と、思ってた。

最近、母との呪いを解く様子をnoteに書いていて思った。

毒親という言葉は、免罪符や他責ではなく、
事実を受け止めるための言葉なんだな、と。

免罪符や他責に使う人も中にはいるけどどちらかというと「毒親」という事実を受け止めてじゃあどう進む?どうする?どうしたい?と、私と同じように解毒してるだけなのかもな、、、と思えるようになった。

音や字ズラが強い言葉は誤解が生じやすい。

だから、俯瞰して、色眼鏡を外して、裸眼で、この世界と自分自身を見れるようになりたいな。とおもっている。


私は、この毒親という言葉に限らず、
「免罪符」で許されている人が許せなかった。

ずるいなと思っていたんだ。

私には「持病」という免罪符があったけど、
ほとんど使ったことが無かった。

「持病」を理由に使うことを禁じられていたからだ、母に。
だけど、母は、私の「持病」を理由に私の行動も制限していた。

要はダブルバインドをかけられていたのだ。


私自身が「持病」を理由に、甘えることは許されなかった。


母はよく

「あなたの体なんだから、誰も代わってくれないのだから、
上手く付き合いなさい」
「その持病と一生付き合っていくんだから、付き合い方を学びなさい」


と言っていた。

言葉自体は一理ある。
私の体をスペア部品のように交換したり、
丸ごと健康体と取り換えることはできない。

自分の体と一生付き合っていくのは、私に限らずみんな同じだ。

だから、自分の体の癖である体質を知って付き合うことを学ぶために
漢方を選んだところもある…かもしれない。
なぜなら医療従事者になりたかったのは後付けの理由だからね。


「持病も含めてのぞみの体」なのだから、
「持病を過剰に、特別に扱うな」というメッセージだった。

あとは罪悪感もあったから、
おばあちゃんにとんでもないことをしてしまった私は、
この持病と付き合って生きていくのがお似合いなんだとも思っていた。

要は自分を「大罪人」と思ってた。

だから、自分の「持病」に関して、持病になった経緯は特殊だなと思ってはいたが、そこまで「大変なこと」「ツイてないこと」とは思ってなかった。
持病の発作が出たときはすごくつらいけど、まあ、仕方ないよね・・・
普段の生活は出来るし、と思ってた。

ただ、母はこうも言っていた。

「無理して調子にのるから、また持病が出るんでしょ!もっと加減しなさい」
「無理して、困るのはアナタなんだから!ちゃんと自分の体の限界を知りなさい」

私が、何かに熱中すること=無理することを嫌がった。
だから、私はこの小言を聞くたびに、


持病が出るぐらい無理してはいけない。

でも

この持病を特別なものとして扱ってはいけない。

どんどん混乱していったんだと思う。

何かに熱中していると
「無理してまた発作が起きるからセーブしなさい」と注意され、

でも発作が起きないように予防的に何かを休むと
「こんな風に、いつまでも毎回休めるわけじゃないのだから、上手く付き合う方法(=休まない方法)を見つけろ」と言われる

いつしか、上手く付き合う方法とは、
休まずに、でも、熱中もしないで、どうにかこなすことになっていった。

これは、試験勉強も然りだった。

夜中まで起きて勉強していると
「無理して、また発作が出るわよ」と言われ、

持病が原因で生理痛もひどかったのだが、
余りにもひどい生理痛で学校を休もうとすると
「学生のうちはいいかもしれないけど、
生理痛なんかで仕事は休めないのよ」と言われた。

このダブルバインドが原因で、
私の生理痛はひどくなる一方だったんだと、今更ながらに気づいた。

少し医学的な説明をすると、
私の盲腸破裂して腸が腐っていた部分が右の卵巣に近かった。
執刀医からは「将来、右の卵巣は排卵しないかもしれない」と言われていたぐらいだ。ちなみに、ちゃんと右の卵巣も排卵はしている。

女性なら経験がある人もいると思うが、生理前に便秘して、生理が始まると便秘が解消したり、生理中は下痢になったりするのは、そもそも、子宮と腸は近いので、動きが連動しやすくなるのだ。

私の場合、持病の関係で腸同士が癒着して「動けなくなる」
でも、子宮は生理中だと経血を排泄させようと「活発に動く」

癒着して動けない腸を子宮が刺激することで、
経血の排泄に伴う子宮収縮=生理痛に加えて、無理やり腸を動かす痛みも生じるのだ。とんでもない激痛である。

生理が始まった頃は、生理痛のみだったと思う。
吐いたり、下痢したりはしなかったから。

だけど、母から「生理痛ぐらいで仕事は休めないのよ」
と言われ続けた結果、20歳を越えた頃から、
生理痛+持病の痛みを伴うようになってしまったのだ。

学生の頃は、病院実習などのストレスでたまたま起こったのだが、
就職してから、仕事を休むレベルの生理痛まで悪化してしまった。

先にあげたように、子宮がギリギリと絞られるような生理痛としての痛みの他、癒着性イレウスの特徴である、吐き気、立ってられない腸の痛み、そして、場合によっては、冷や汗で全身びしょぬれになるレベルの嘔吐と下痢を伴うようになった。

もちろん、毎回このレベルの生理痛ではなかったが、
それでも1年に数回は、生理痛+吐き気、腸痛のため、
職場で動けなくなる(休めば回復する)
そして2年に1回は、生理痛+吐き気、腸痛+冷や汗で全身びしょぬれになるレベルの嘔吐と下痢で救急搬送→入院ルートだった。
余りの痛みに過呼吸気味になったこともある。

ただし、母の呪いで
「いくら持病が関与してても生理痛ぐらいで仕事は休むな」があったので、
この「救急搬送→入院ルート」以外で仕事を休んだことが無かった。

というか、仕事を「インフルエンザ」以外で休んだことが無い。
インフルエンザは感染症だから、さすがに医療従事者として店頭に立つわけには行かないから休んだけど。
生理痛で動けなくても「遅刻」や「早退」を使いつつ、仕事には行っていたし、同様に多少の熱や具合の悪さで休むことはなかった。

私は「入院するぐらいのレベルじゃないと仕事を休んではいけない」という呪いを自分にかけてしまっていた。

離婚してから、生理痛以外の体調不良に関しては、
少しずつ休むことを許可できるようになっていったが、

別の理由で「このままじゃダメだ!」とダイエットをした結果、
一緒に生理痛や持病の体質改善に繋がったのだが、
このダイエット成功した34歳まで「持病+生理痛」は続いていた。

母にかけられていたダブルバインド

「免罪符」である持病で仕事は休むな。
持病が出るぐらい、仕事で無理はするな。

ダブルバインドにも、持病と生理痛にも苦しんでいたから。

だから、私は「免罪符」を振りかざしている人が妬ましくも、羨ましかったんだ。私には許されなかったから。

持病を改善した今も「免罪符」を振りかざしている人に嫌悪感がある。
もうこれは、仕方がないのかもしれない。

毒親という言葉は、免罪符や他責ではなく、
事実を受け止めるための言葉なんだな、と。

思っている私も出てきたけど。

だけど、私は「免罪符」を振りかざしている人を許せない、嫌悪感がある。

全ての毒が抜けるとは限らない。


それでいいのかもしれない。


俯瞰して、色眼鏡を外して、裸眼で、この世界と自分自身を見れるようになりたいな。とおもっている。この私が居てもいい。

全てにおいてフラットである必要はないから。
これもまた「ありのままのわたし」なのだ。


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のぞみ@心と身体の漢方おねえさん
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