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絵ではなく、網点だったという盲点
紛らわしいタイトルにしてみた。「盲点」に引きずられて「網点」が「もうてん」とうっかり読まれてしまうかもしれない。でも騙されないで欲しい。「網点(あみてん)」と読むものだ。
ルーペで確認できる真実
「リトグラフ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。リトグラフは、石版画とも呼ばれる版画の技法のひとつ。
木版画は木を彫り、銅版画は銅の板を彫るものだ。おそらく中学や高校の美術で経験した人も多いかと思う。
対して石版画は、削らずに、平たい石の上に絵を描いて、色を置きたい部分に油性の顔料を載せ、色を置きたくない部分を水で濡らしておく。紙をぺったんと押しつけると、色を置いた部分だけ色を写し取ることができるというものだ。厳密はもう少し工程があるのだが、簡潔に言うと「描く、塗る、ぺったん」で充分。油と水の反発作用を利用した版画のため、画家にとっては自由に絵を描くように版画を作れるという魅力がある。
ピカソなど様々な画家がリトグラフを制作しているので、かなりの数の作品が世界中に散らばっている。そのため、版画の中でもリトグラフを持っている人がとても多いのだ。ちなみに作者が下絵から製版まで手がけたもの、監修したものはオリジナルリトグラフと呼ばれる。多くは作品の右下余白に鉛筆で作者署名、左下に制作部数(エディション番号)が書かれる。
よく版画ときくと「印刷、プリントでしょ?」と思う方がいるけれど、違う。確かに版画は英語でプリントだが、日本語的に口にするプリントは、コピーの意味合いが強い気がする。印刷物というニュアンスだ。
印刷と版画の判断は、ルーペを使うと比較的容易にできてしまう。
作品をルーペでじっくり見ると、版画の場合はどこまでも色が広がっているだけだが、印刷の場合は違う。たくさんの点が集合して規則的に並んでいるのが分かる。これが「網点」というもので、印刷物にはまるで細胞のように存在している。試しに雑誌やカレンダー、チラシやポストカードなどをルーペで拡大してみてほしい。どれほどの倍率かにもよるかもしれないが、とりあえず肉眼では難しい判断がルーペの力で可能となる。
時々、額に入って絵画のふりをしている印刷物がある。リトグラフのふりをした規則正しく美しい点の集まりだ。私は生涯で何度か美しい網点に遭遇したことがある。
肉眼で判断できる真実
実は網点確認以前に分かってしまう場合もある。
ルーペを使うまでもなく、一瞬で分かってしまうほどの印刷ぶり。そのような作品を何点か見たことがある。一般的なコピー機でカラーコピーをしたかのような色合い。詳細な描写は難しいが、色が褪せているのだ。
例えば、昔からやっているような小さな商店のガラス窓に貼られた、日焼けして色の褪せたポスターやチラシを思い浮かべてみると分かりやすいかもしれない。全体的に薄くなって、少し青みがかっている感じの紙とでも言おうか。そのようなイメージの作品だ。
こういった印刷物は、冷静に見ると気づけるのだが、実際に持っている人は気づかないことが多い。額に入った絵として、何年も、何十年も飾って毎日見ていると、風景の一部として認識するのかもしれない。また紙ではなく、キャンバスに印刷されている場合はクオリティが高く、ぱっと見ただけでは本当に絵画に見える。
たとえ印刷であっても、思い入れのあるもので、所有者が絵として大切にしているのなら、それは、当人にとってかけがえのない「絵画」に他ならない。
美術館のミュージアムショップで買ったポスターを飾っても、ポストカードを写真立てに入れても、気持ちが明るくなる。好きな絵をカラーコピーしただけの紙でも、毎日眺めて楽しめれば、それでいい。正解は自分の感性だ。
かく言う私は、家に、美術館で購入したポストカードを飾っている。なんと美しい網点の集合体だろうか。
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