警備員のおじさんが教えてくれたこと
コロナ禍の中、今流行りの派遣切りに会った話はこちら。
ということで、ちょうど一年前からほぼ在宅勤務になり、出社も数えるほどしかしていなかったものの、派遣切りに伴い、3月31日にPCと社員カードを返却するために出社した。
以前は最寄駅から大量の人間がこのビルに吸い込まれるように入っていったのに在宅勤務50%の今、流れていく人はまばら。
派遣切りとはいえ、最終日なんだから、お疲れ~とか、これプレゼント~とかやっぱりお見送りしてほしかったもんだよな~とちょっとセンチになりながら、ビルに入ろうとすると
「おはようございます」
と声をかけられた。
声をかけられたというか、毎朝、入口に立っている警備員のおじさんのあいさつだ。
そういえば、毎朝、おじさんにおはようと言われてたっけなと思いながら、
最近は、おはようのあいさつもなく、家でなんとなく仕事をスタートしてたことに気づく。あいさつって気持ちがいいもんだ。
久しぶりに人にあいさつされたうれしさもあって、とびっきりの笑顔で
「おはようございます!天気もよろしいようで!」
とお天気情報も追加してみた。いつもは歩きながら、挨拶してそのまま通過するので、この日もニコニコしながら通過しようとすると
「今日、あえてよかったよ」
とにっこり。
久しぶりに会った上、マスクもしているのに覚えててくれたとは!
それにしても意味深なこの返答はどういうこと?
おはようございますを言い続ける警備員のおじさん
私が働いていた会社は従業員数が数えられないくらいいる超大手企業。
最寄り駅を降りる人はほぼこの会社の社員じゃないかというくらいの社員数だ。
駅から、ビルまで一直線になって黙々と歩き続ける。
同じ部署の人に出会ったとしても気づかないくらい人が多い。
スマフォを見ながら歩いていたり、ヘッドフォンをしていたり、下を向いて歩いていたりさまざま。談笑するどころか、覇気がない顔で歩き続ける人々。この顔を見ていると、意外とブラック企業じゃなかろうかと思ってしまう。
かくいう私も、いつも眠い目をこすりながら、亡霊のように歩いていたと思う。そんな状態でビルに向かうと、一人だけ背筋をピンと伸ばし、ニコニコとしている人がいた。
ビルの警備員のおじさんだ。
下を向いて歩いている人が多いなか、だれとはなしに笑顔で
「おはようございます!おはようございます!」
とあいさつし続けている。
ほとんどの人が雑音でも聞くかのごとく、スルーしていく。
ちょこんと頭だけ下げる人もいれば、小さい声でおはようございます。といいながら通過する人もいる。どの人も、ほとんど目をあわさない。
私はというと、スルーするのは申し訳ないので、ちょこんと頭を下げて
ビルに入っていった。
やっぱり、ちゃんと挨拶するべきだったかな~なんて思いながらフロアに入り
「おはようございます」
とだれに言うでもなく、挨拶をしながら席についた。
下を向きながら、小さい声で言ったというのもあるけど、だれもあいさつを返してこない。みんなPCの電源をいれたり、ひとまずコーヒー飲んで一服したり、朝ごはんのパンをかじったりとさまざま。
いつもは特段気にもならないし、別にそれが寂しいという感じもしない。
けれども、今朝の警備員のおじさんのことを考えてしまった。
朝から何千人という人にあいさつをしても、目をみて笑顔であいさつしてくれる人はどれだけいるのだろうか。
そんなことを考えていたら切なくなり、帰り際にまた挨拶されたら絶対にあいさつをしようと決めたものの、夕方は別のおじさんだった。
夕方の警備員のおじさんも
「お疲れさまでした」
とは言っているもの、暗い表情でひとまず言っているといった感じ。
ただ、社員さんたちは帰れるという安堵感からか、
「お疲れさまでした~」
と返答する人もちらほら。
ただ、言っている感じだったので、こちらもただ言っている感じで
「お疲れさまでした」
と頭を下げて帰った。
そして次の日。
ほぼ徹夜で原稿を仕上げて(副業のほう)、出社したため寝不足マックス。
いつも以上にくら~い顔をして、下を向いて歩いていると、先のほうから
「おはようございます!おはようございます!」
と明るい声。
おお!そうだった。今日こそ、あいさつするって思っていたんだった。
とまだ半分寝ぼけまなこだったけれども、しっかり目線をあわせて、にっこりと
「おはようございます!」
と言いながら、てくてく通過すると、ちょっと驚いたような顔をしているのが見えた。たぶん、目線をあわせてあいさつする人がなかなかいなかったんだろうなと推察。
その日から毎日、笑顔で挨拶するようになった。
にこにこ警備員おじさんじゃないときも、警備員さんに向かって
「おはよございます!」
と笑顔で言ったりすると、かなりびっくりした顔をする警備員さんもいた。
にこにこ警備員さんには、あいさつはもちろん、1週間帰省するとか長期休暇をとるときは、心配するかと勝手に思い
「おはようございます!明日から出社しないので、心配しないでね」
なんて言ったときもあった。それも、基本的には歩きながら言うので、会話らしい会話は一度もしたことがなかった。
そんな、にこにこ挨拶が続いた2年後、コロナが蔓延し、突然在宅勤務が始まった。
警備員のおじさんの喜び
「今日、あえてよかったよ」
警備員のおじさんから「おはよう」以外の言葉を聞いたのは始めてだ。
人はまばらで、出勤時間も決められてるわけでもないので、警備員のおじさんの前で初めて立ち止まった。
「毎朝、何千人という社員が通るのに私のこと知ってるの?しかも、マスクして顔もあんまり見えないのに」
「当たり前だよ。初めて目をみて挨拶してくれた人だったから」
あ~、あいさつしてよかったと心の底から思った。
人に覚えてもらうというのはこんなにうれしいものか。
「というのもあるけど、あなたはほかの人とは違うからすぐわかるよ」
「なんかおかしいところありますかね???」
「いやいや、かわいいお嬢さんですよ。ただ、ここの社員さんたちはぴしっとした格好してる人が多いけど、あなたはいつも黒いリュックをしょって、てくてく歩いている姿が迷子のようにも見えて、つい、どちらにご訪問ですか?と聞きたくなってしまう感じだったからね~」
変わってるってことか。
と妙に納得しつつ、本題。
「で、なんであえてよかったんですか?」
「うん、実は今日が最終出社日なんだ。ま、在宅も多くなって警備員の人数も減らすんだろうね。クビってやつだ」
「え!わたしも今日でクビです!」
と笑顔で言ったら
「おいおい、笑うところじゃないだろ!」
なんて、どっかのCMみたいに二人で突っ込んで、笑い転げた。
と時間もなくなってきたので、
「ランチの時間とかあるんですか?もしよければ、ランチでもと言いたいですが、今こんな状況なんで、公園で茶でも?」
と言ったら、びっくりした顔をして
「私と?やっぱりあんた、ちょっと変わってるな~。でもよければぜひ」
ということで、公園で茶をすることにした。
警備員と交通誘導員
待ち合わせした公園のベンチに警備員のおじさんがちょこんと座って待っていた。
私を確認するとちょっとはにかみながら
「何飲むかわからなくて・・・」
とミルクティー、オレンジジュース、カルピス、烏龍茶、緑茶と5本も買っていた。
実は、私もおじさんが何が好みかわからなくて、コーヒー、カフェオレ、お茶、機能性ドリンクと4本買っていったもんだから二人でなんと9本持参。
それだけで、お互い大笑い。
飛沫が飛ばないように並んで座り、前を見ながら朝の続きのトークを始めた。
毎朝、なんであんなににこにこしながら挨拶できるのかと聞くと
「ただ、立っているだけだから暇だしね。しかも、みんなくら~い顔してビルに入っていくのをみると監獄にでもいくんじゃないか?と思っちゃってね。おじさんの顔をみても気分は晴れないだろうけど、せめて笑顔で挨拶しようかなと思っていただけなんだ。なのに、ある時からあなたが元気よく挨拶をかえしてくれて、それがすごくうれしくてね。それまではただ、一方的に挨拶していただけなのに、返答があるとやっぱりうれしいもんだ。
本当にありがとうな」
と喜んでくれた。
あいさつしただけなのに、こんなに喜ばれていたのかと思うと、本当に心を入れ替えてあいさつしてよかったとしみじみ思う。
これからもどこかのビルで警備員をするのかと聞くと、今度は交通誘導員をするという。
警備員と交通誘導員?!
その名のごとく、警備員は警備をする人、交通誘導員は道路工事などで交通整理をする人というのはわかるけど、正直見た目はよくわからない。ただ、
今までは同じビルで数年働けたけど、今度は日によって派遣先が違うから大変なんだそうだ。
警備員と交通誘導員の大変度合いの違いがよくわからないけれど、ひとまず、お互いお疲れ様~!と乾杯。
派遣最終日は、一緒に働いていた同僚たちではなく、警備員のおじさんに見送られて終了したのだった。
交通誘導員ヨレヨレ日記
PCと社員カードを返却した帰り道。
道路工事をしているところを通過した。
赤い棒をもって、右左と確認しながら、
「こちら側を歩いてください」と誘導してくれた。
この人が交通誘導員か~とまじまじと見ていると
「何か?」
と言われた。そりゃそうだ。
いえ、何もと言いながら通過。
買い物をしにスーパーにいくと駐車場のところにも交通誘導員がいた。
ただ、ここの交通誘導員はいつも立っているだけで、誘導しているのを見たことがない。まあ、セールの日くらいしか激混みしないから特にすることがないのだろう。
なんてことを考えながら、予約した図書を受け取りに図書館に行くと、
「お疲れさまでした!」
と挨拶してくるおじさん。
そうだった。ここの図書館の警備員?交通誘導員のおじさんも必ず挨拶してくるんだった。ということで
「あの~おじさんは警備員ですか?交通誘導員ですか?」
とおもむろに声をかけると、目を見開き驚いた顔をしつつもうれしそうに
「交通誘導員だよ。駐車場に入る車を誘導しているんだ」
「ほほお。週何回きてるんですか?」
まだ話が続くのかという驚きと人とおしゃべりする喜びが入り混じった表情で
「え?まあ、3~4回かな。」
「そうですか。実は知り合いの交通誘導員さんが毎日現場が変わるっていってたのでおじさんはなんでずっとここなのかなと思って」
「ああ、派遣元によって違うからね。数か月同じ現場というのもあるし、毎日違うというのもあるし、いろいろだよ。」
あ~そうなのか~とふんふんと考えていると、おじさん、だんだんノリノリになってきて、
「そんなに交通誘導員のこと気になるなら、交通誘導員ヨレヨレ日記って本読んでみなよ。俺も仲間にすすめられて読んだんだけど、あるあるがあって面白かったんだよ。たぶん、図書館で借りれるよ」
とおススメしてくれた。ほかにもこういう本があると、どうやら本が好きみたいでいろいろ教えてくれたのだが、タイトルが面白そうなのヨレヨレ日記を借りることにした。
誰でもなれる最底辺の職業
と著者自身がいう交通誘導員の実態を悲哀と笑いで描き出した本。
街で見かける交通誘導員は
高齢、色黒、真夏は暑そう、真冬は寒そうというイメージ。
さっきも記載したように、道路工事で片側通行の誘導をしたり、駐車場の整理をしたりする仕事なんだろうなというのはわかるけど、仕事が大変というより、暑そう、寒そうという気候の大変さを心配して、仕事は失礼ながら簡単なんじゃないかと思っていた。
しかし、本を読み進めていくうちに簡単どころか空気をバリバリ読まなくちゃいけないし、自分が悪くなくても謝まらないといけないし、組んだパートナーが最悪だったら仕事は増えるし、人が足りなければトイレにもいけないし、意味もなく工事現場監督やドライバーから罵声を浴びせられたりと仕事のハードさはもとより、精神的にやられるんじゃないかと思った。
誰でもなれるかもしれないけれど、こんな大変な仕事はない。しかも、
コミュニケーション能力が最高に高くなければやっていけない仕事だ。
と大変さはわかりつつも、著者が楽しんでやっていたはずはないだろうけれど、かなり笑える話がちらほら。
警備員は歯が悪い?の題では、なんでかな?と思って読むと、単に金がないからとか書いているし、警備員の喜びって何ですか?という質問に
「警備員の仕事に喜びなんてまずないの」
で終わってるし、なかなかシュール。
何が面白いって注釈。
普通、本文の文字のところにある※は難解な文字とかもっと説明しておくべき内容なのにこの本の※は本文に関係ない補足だったりする。
たとえば・・・
警備員仲間で結婚:同じ現場に派遣されることが多い
トイレの我慢:我慢できずズボンの中で放尿した人がいる
みっともない:交通誘導員の配偶者はこういう感情をもつことが多い
こんなんが補足されていて、後半は本文よりも注釈のほうを熱心に読んでいた。
この本の中に「たかが挨拶」という項があった。
交通誘導員はもくもくと仕事をしているせいか、人としゃべりたい欲求がわいてくる人が多いそう。それが挨拶という行為につながるようなのだが、ほとんどの人はスルーしてしまうらしい。たまにあいさつがかえってくるとすこぶる嬉しいとあった。
コロナ禍で在宅勤務になり、一人でいることが多くなったがため、挨拶する機会が減った。電話もオンラインミーティングもなく、もくもくと過ごした日は無償にだれかとしゃべりたくなるときもある。
それとはちょっと違うかもしれないけど、あいさつして、あいさつがかえってくると嬉しいというのはちょっとだけわかるような気がする。自分の問いかけに反応がなかったら寂しいもんね。
おはよう、こんにちは、さようなら・・・
知り合いじゃなくても気軽に声掛けできるのが挨拶だ。
そういえば、街中の交通誘導員さんにそれとなく挨拶されたことが多々あったような気がする。余裕があれば、歩きなら、おはようございます~とは言っていたかもしれないが目をみてすることはなかった。
ビルの警備員さんの喜び、交通誘導員ヨレヨレ日記の著者の実体験などを読んで改めてあいさつすることの大切さを実感した。
たかが挨拶、されど挨拶。
マンションの管理人、スーパーや図書館の警備員さん、
郵便局員、クロネコヤマトの配達員などなど、以前よりも増して、笑顔で挨拶しまくっている今日この頃の私である。
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