Series ”コトノハノコト” Page 3: フユガスギハルノキタルコト
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす。
驕れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し。
猛き者もつひには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ。
ー平家物語ー
平家物語の文頭。
”メロスは激怒した” と同じくらいに有名な筆始まりでしょうか。
”栄枯盛衰” 時代の移りゆく様を記した名文です。
栄ー枯,盛ー衰,この世界はすべて,きっと,突き詰めれば,"二面性" でできているのでしょう。
表ー裏,陰ー陽,虚ー実,男ー女,老ー若,温ー寒,そして生ー死。
美しい花の内には,散る定めが秘められています。
沙羅双樹のように,桜がそうであるように。
桜は木を覆うように,小さな薄紅の花が咲き誇ります。
それは主君を飾る衣のように。
そして,風がひとたび吹けば潔く散る。
その献身的な,刹那的な美しさと儚さから ”武士の花” と言われるわけですね。
平家物語のこの文頭は,実に名文ではありますが,一方で教訓的で皮肉めいた言葉でもあります。
”驕ることなかれ”
「勝って兜の緒を締めよ」という言葉もありますが,油断が危険であると,油断せずともいつか終焉はやってくると。
怖い話です。
海外にも同様の警句があります。
「memento mori」
ラテン語の言葉のようですが,意味は「死を忘ることなかれ」。
そしてこんな言葉もあるようです。
「Carpe diem quam minimum credula postero」
「明日はわからない、今日という日の花を摘め」
いずれにしても背筋の伸びる言葉です。
でもみなさん。
驕ることのできる人はそうでしょう。栄る人もそうでしょう。
ただ,苦しい只中にいる人は,死を忘れることもなければ,今日以外は見えないんですよ。
そこまで重大な状況でなくとも,つらい時もあります。悲しい時もあります。叫びたくなる時もあります。
今日のこの記事は,そんな方のための記事。
世界は二面性。
禍福も同じこと。
老子はこう言っています。
「禍は福の寄るところ」と。
そして,今日のコトノハは・・・
「一陽来復」
「いちようらいふく」と読みます。
陰陽の図をみたことがあると思います。白と黒の勾玉が2つ合わさったようなあの図です。
あの図は陰が極まった先には陽がある。
陽の果てには陰がある。
陰の中には陽が,陽の中にもまた陰がある。
そんな陰陽の概念を描いたものです。
”一陽来復” は,そんな陰陽の考えの中から生まれた言葉です。
”陰極まれば再び一陽が来る”
冬が来て苦しい中,我慢して我慢して。
五里は霧に霞み,一寸先は闇の中。
それでも陰の極まった先には一陽がある。
まだまだ冬の寒さの中ではございますが,
冬至も過ぎました。
少々早いですが,来る年が,みなさまにとって福のある年でありますよう。
福の年を過ごしたみなさまもまた,福の昇る年でありますよう。
陽来昇福,お祈り申し上げます!
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