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わたしの移住歳時記

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③ZINE『わたしの移住歳時記』より「金目鯛」

③ZINE『わたしの移住歳時記』より「金目鯛」

  地元には帰らず香川で出産した。コロナ流行下だったこともあり、家族とは陣痛による入院の時点で別れなければならず、以後退院まで一度も会えなかった。難産だったこともあって、つらく寂しい孤独な出産となった。加えて、出産で尾てい骨を痛めたことから、産後二日くらいはほぼ寝たきりで、子供の世話もほとんどできなかった。この顛末はブログに詳しく書いているので、もしよろしければご覧いただきたい。

  移住先での

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⑦【終】ZINE『わたしの移住歳時記』より「空」

⑦【終】ZINE『わたしの移住歳時記』より「空」

    早起きしてカーテンを開ける。真っ暗だった東の空が少しずつ白んで、やがて柔らかいオレンジ色の光が差し込み始める。夜明けの空を眺めること、朝日に照らされること。香川に引っ越してきてからは、そこに「故郷を思うこと」「東京を思うこと」という意味が加わった。

  子供の頃、空は「ひとつしかなかった」。ひとつきりの空に苦しんだこともあった。買い物に出かけた先で見る「東京の空」は、排気ガスにおかされた

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⑥ZINE『わたしの移住歳時記』より「鰆」

⑥ZINE『わたしの移住歳時記』より「鰆」

    香川に来て最初に「美味しい」と思った魚がサワラだった(正式には「サゴシ」と呼ばれるサワラの幼魚)。全国的に水揚げされているものは、黄海、瀬戸内海でそれぞれ産卵する系統に分けられるという。古くは西日本がメインだったが、現在では全国で見られるようになったらしい。

  四月末、瀬戸内海でサワラ漁が始まると、スーパーには「サワラの押し寿司」(扇形の型で抜いたすし飯の上に酢じめにしたサワラや具材を

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⑤ZINE『わたしの移住歳時記』より「錦鯉」

⑤ZINE『わたしの移住歳時記』より「錦鯉」

  大勢の観光客がしきりにシャッターを切っている。「何を撮っているんだろう」と手元を覗くと、まるで絨毯を広げたかのような色とりどりのニシキゴイが無数に集まっている。「なーんだ、ニシキゴイか」とがっかりして通りすぎつつ、思い返す。初めて栗林公園のニシキゴイを見た時、カメラを向けずにはいられなかったことを。「当たり前」ができるとは、なんと贅沢で散慢なことか。

  栗林公園には七〇〇匹以上のニシキゴイ

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④ZINE『わたしの移住歳時記』より「蓮」

④ZINE『わたしの移住歳時記』より「蓮」

  栗林公園で一番好きな場所はハス池だ。栗林公園の四季がハスという植物の面白さを教えてくれたと言っても過言ではない。

  秋冬はカラカラに末枯れていて「もう二度と咲かないんじゃないか」と不安になるくらいの荒廃ぶりを見せるのに、夏を迎えるとあっという間に葉がのび、見事なピンク色の花を咲かせる。だから、秋冬のがらんとしたハス池も好きだし、春夏の「いよいよこれから」という空気に満ちたハス池も好きだ。し

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②ZINE『わたしの移住歳時記』より「地芝居」

②ZINE『わたしの移住歳時記』より「地芝居」

  二〇二一年の秋、高松市香川町にある舞台「祇園座」へ地芝居の歌舞伎を見に行った。香川県の登録無形民俗文化財である「祇園座の農村歌舞伎」は、約二〇〇年前の江戸時代から、神社への奉納として上演されているという。地元の小学生なども加わって、台本、衣装、小道具、化粧など、全てが住民の手作りだ。

  当日は近くの小学校の校庭に集合し、会場まではシャトルバスで向かう。道が狭く、駐車スペースも殆どないので、

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①ZINE『わたしの移住歳時記』より「扇風機」

①ZINE『わたしの移住歳時記』より「扇風機」

  香川県の鉄道といえば、「ことでん」こと高松琴平電気鉄道だ。イルカのキャラクター「ことちゃん」を知っている方も多いのではないだろうか。ことでんは琴平線、長尾線、志度線の三つの路線からなり、特に琴平線は、高松築港から金比羅さんのある琴電琴平を結ぶ主要路線として利用客が多い。

  しかし、地方の鉄道会社が軒並みそうであるように、経営は不安定のようだ。二〇〇一年には、バブル時代の見通しの甘い経営がた

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