「漢文は1ヵ月で完成する」らしい 大学受験シーズンで思い出した恩師の話
古典に引き込まれると、そこは沼だった
「漢文は1ヵ月あれば、センター試験で満点を取れるレベルまで完成させることができる」と、高校時代の担任のS先生が言っていた。これはその通りだった。
高校2年生の夏休み、帰宅部でやることがなかったわたしは、学校で配られた通称“パンダ”と呼ばれる漢文の問題集をひたすら解いた。夏休みが明けてからの模試では漢文の点数が10点上がった。テスト問題も以前より簡単に感じた。それ以外の問題集はとくに購入していない。塾にも通っていない。
そういえば、この“パンダ”問題集は全国的に使われているのだろうか。
国語といえば、多くの学生は古典に苦手意識を持っていると思う。わたしもそのひとりだった。中学時代、実は漢文の「レ点・一二三点・上中下点・甲乙丙点」がなぜ存在しているのかわからず、すべてあてずっぽうで書き下し文にしていた。中学までは、なんとなく意味が通りそうな文章にさえしていれば、部分点くらいはもらえた。返り点の意味を知ったのは高校1年生の終わり頃だった。それでも、センター試験本番の国語では、現国も合わせて9割以上の得点が稼げるようになっていた。
S先生の専門は古典だった。当然、漢文だけでなく古文の知識量も半端じゃなかった。受験生の頃のわたしは、毎週のように教科書や問題集に載っている古文を勝手に翻訳して、S先生に見せに行っていた。
そのFBには、翻訳の解説に+αで「古文の裏話」が必ずついてきた。わたしは後者のほうに興味があった。いろいろエピソードはあるが、全体を通して昔の日本人は今よりも性にオープンだったようだ。一部の古文には、ゴシップネタのような下品さもある。しかも、感情的。光源氏に関しては作中で泣きすぎだろう。
とくに、『とはずがたり』の話は最高だった。正直言うと、思春期のわたしにはそのドロドロ感が面白かった。単語や文法と同じくらい、時代背景や裏話的な内容も覚えていった。
古文では、その作品が書かれた背景を知っておくと、話の流れも違和感なく入ってくる。有名どころの作品はストーリーを頭に入れてしまえば、わからない単語や文法が出てきても間違った選択肢をはじける。
受験生の頃のエネルギーが恋しくなった
S先生は、わたしが高校2年生のとき、県で1番の進学校(T高校)から転任してきた。地元では、高校は「公立」が強い。そのため、先生方は数年ごとに同県内の公立高校を回っていく。
とはいえ、授業のうまい先生はT高校に集められていたような気もする。噂によると、S先生は当時のT高校の校長先生と喧嘩して、わたしが通っていた高校に転任させられたとか。
毎年、東大生・京大生を生み出している進学校から来ただけあって、教えるのが驚くほどうまかった。S先生の授業で寝ている生徒はほとんどいなかった。
そういう先生に出会えたのは、運がよかったと思う。それからわたしは、「人運」だけは良いと自負している。
ただ、すべての教科でそうだったわけではない。当時のわたしの高校では、センター試験本番の数日前に日本史Bの教科書の授業が終わるというスケジュールだった。そのため、高校3年生の夏休みが終わるまでに、必死で日本史の教科書の内容を最後のページまで頭に入れた。
子どもの頃から目立った成績ではなかったわたしにとって、受験は冗談抜きで苦しかった。受験シーズンのニュースを目にして、急に思い出したので、つらつらと書いてしまった。
受験生のエネルギーはすごい。今振り返ってみても、それまで18年間生きてきた自分とは違う人間になっていたと思う。
受験生は偉い。浪人したって良い。すべての結果が出揃うまであと少し。頑張れ。
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