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【記事翻訳】受刑者教育における尊厳の向上〜刑務所におけるホラクラシー(Holacracy)の実践

今回は、アメリカ・アーカンソー州の刑務所において、ホラクラシー(Holacracy)を受刑者教育のプログラムとして活用している事例の英語記事の翻訳です。

(英語記事の初出は2019年11月。原文はこちら↓)

ホラクラシーとは?

ホラクラシー(Holacracy)とは、フレデリック・ラルー(Frederic Laroux)著『ティール組織(Reinventing Organizations)』でも取り上げられている組織運営手法であり、

Holacracy One(ホラクラシー・ワン)社のブライアン・J・ロバートソン(Brian J Robertson)と、トム・トミソン(Tom Thomison)が2007年に開発した役職階層型組織に変わる新しい組織デザインの方法です。

私自身もまた、国内での海外ゲスト招聘プロジェクト、企業、団体などでのホラクラシー(Holacracy)実装とチームのファシリテーションに取り組んだ他、

2019年にオランダで開催されたトレーニングに参加し、開発者ブライアン・ロバートソン本人から学ぶなどしながら、

現在までホラクラシー(Holacracy)の探究・実践を重ねてくることができました。

ホラクラシーについては、日本人初のホラクラシー認定コーチであり新訳版の解説者である吉原史郎さんの以下の記事及び、新訳版出版に際してホラクラシーのエッセンスについて語られた動画にもご覧ください。

本記事の前提

今回、翻訳する記事は、日本人初のホラクラシー認定コーチである吉原史郎さんから紹介いただき、私自身も以前から耳にしていた刑務所におけるホラクラシーの実践についての記事です。

記事の筆者であるクリス・コーワン氏(Chris Cowan)は、ホラクラシーワン(HolacracyOne)のパートナーであり、ホラクラシー(Holacracy)の実践におけるマスター・コーチでもあります。

クリスは、アメリカ・アーカンソー州のタッカー刑務所にてホラクラシー(Holacracy)を応用した受刑者教育プログラムを実践するジェフリー・D・クレ氏(Jeffery D.Kreh)にインタビューを行いました。

原文の記事は、その際の記録の抜粋です。以下、早速見ていきたいと思います。

受刑者教育における尊厳の推進〜刑務所におけるホラクラシーの実践(Promoting Dignity in Inmate Education:Holacracy in Prison)

私(クリス・コーワン)はホラクラシー・オタク(Holacracy nerd)です。ルールが好きだし、理論が好き!さらに実践も好きです!

しかし、時々、ホラクラシーとは単に誰かに椅子を用意することだと思い知らされることがあります。

今年(2019年)初め、ホラクラシーを活用した教育機関であるLikewise Collegeの社長であるジェフ・クレ博士(Jeff Kreh, PhD.)と話したときがそうでした。

この機関は、暴力犯罪で投獄された囚人に大学レベルの教育プログラムを対面式で提供しています。

ジェフは、ホラクラシーを実践することで、生徒たちの権力との関係に大きな影響を与えたという感動的な話を共有してくれた後、私はエコシステムについて1つや2つの話をしたいと、彼にインタビューをお願いしました。ジェフは、快く承諾してくれました。

ジェフへのインタビュー(The Interview)

クリス:
ジェフ、お時間をいただきありがとうございます。
あなたはホラクラシーについてどのように知り、どのように組織の目的を達成するための良いツールだと判断されたのでしょうか?

ジェフ:
私はこれまでいくつもの異なる学校や企業に関わってきました。そして、私の宗教的な伝統の中で育った大きな価値観の一つが、自律性(autonomy)でした。そこで、何らかのシステムを見つけたいと思い、調査を始めたのです。

その中で出会ったのが、権力が分散された自律性(distributed autonomy)を持つ自己統治型組織(a self-governing organization)という概念です。そこでは権力が分散されつつも、説明責任(accountability)があり、仕事はきちんと遂行されます。

調べているうちにブライアンの名前に出会い、オンラインでTEDxトークやいくつかのビデオを見て、それから本を読み、すぐに惚れ込みました。ブライアンは、私たちが持っている組織を運営するためのアイデアのすべてをすぐ使えるような組織運営システムにしていたのです。私たちにとって、完璧なソリューションでした。

私たちの目標は、受刑者が社会で自立できるように訓練し(to train them to be self-governing)、起業家としてのスキルを身につけ、社会に出て成功できるようにすることです。

私たちは、人々が刑務所に入る理由のひとつは、自由であること・自由な振る舞い(liberty)をうまく扱えないからだと気づきました。つまり、良い選択をしないのです。私がいつも素晴らしい選択をしているわけではありませんよ。誰にでも悩みはあります。でも、この人たちの人生では、それが際立っているんです。

また、私たちは自分たちがクールエイドを飲んでいる(we were drinking our own Kool-Aid)かどうかを確かめたかったんです。

もし、私たちが受刑者に対し、社会で自立する方法、起業家になる方法、外に出て成功する方法を訓練すると約束するなら、ホラクラシーに基づくシステムが必要である。

これが、私たちの中で盲信的な認識になっていないかを確かめたかったのです。

”drink the Kool-Aid”は、「盲信する」、「無批判に従う」、「固定観念に囚われる」などといった意味で使用されるスラング(俗語)。1970年代、アメリカのカルト教団内における集団自殺にKool-Aidという粉末ジュースが使われたことに由来する。

刑務所内でのテンションの処理およびホラクラシー・ミーティング(Processing Tensions & Holacracy Meetings in Prison)

クリス:では、自律性(autonomy)自由(liberty)があなたの指針・規範の一部のようですね。この認識で合っていますか?

ジェフ: そうです。ただし、刑務所ではホラクラシーを採用していないので、受刑者に対するテンションの処理(tension-processing)は少し間接的です。

テンションの処理が行われるのは、私たち教育者と、一緒に働く受刑者との関係においてだけです。

つまり、異なるレベルの文化が混在する複雑なシステムを相手にしているため、ホラクラシーの応用はそれほど直接的ではありませんでした。

ほとんどの受刑者は終身刑で、独自のルールやレイヤーを持つ複雑な行政システムに従わなければならないのです。

しかし、ここでテンションの処理がうまく機能した例があります。

ある生徒のアルヴィンは、毎週毎週、「椅子がない」と言ってはテンションをあげていました。彼が勉強するのにいい場所がなかったんです。私は彼に、「教誨師(chaplain)に相談して、何とかならないか」と言ったんです。毎週、毎週、「無理だ」と言われました。

でも、彼は根気強かった。2ヵ月後、彼は椅子を手に入れました。誰かが彼の元へ届けてくれたんです。さらに次のステップとして、彼はより良いバラック、より明るい場所に移されました。簡単なことのようですが、彼には大きなインパクトがあったようです。

学生たちがテンションの処理に慣れてくると、私はフィードバックや提案を求めるようにしました。100回中100回、その提案を教誨師に伝え、教誨師が監督官(warden)に伝え、刑務所長(director)がそれを実行することもありました。

そして、「ジェフ、それはまさに正しいことだ」という答えが返ってくるのです。

私は、通常は問題解決のために互いに訪問し合うことのないグループの間を取り持ち、彼らの知恵と経験によって、自分たちの施設の変化を促すことができたのです。

クリス:
ワオ。私も通常であれば、このような表現的なテンションの処理が素晴らしいことだとは思わなかったでしょう。というのも、従来の企業の多くはすでにそのように動いているからです。

でも、それはすべて相対的なことでしょう。全く発言できない状態から、自分の懸念やアイデアを真剣に受け止めてくれる人が現れるというのは、大きな変化だったでしょうね

ジェフ:
そうですね。しかし、それだけではありませんよ。会議のプロセスも実は強力な効果を発揮しているんです。いくつか例を挙げましょう。

まず、会議ではチェックイン・ラウンドを必須としました。つまり、各自が抱えている問題を共有しなければなりません。これは、ある生徒が3週連続でチェックインをしないという事態が発生したためです。私たちはソクラテス式の教授法を使っているので、多くの積極的な参加(participation)が必要なのですが、彼は何も言っていなかったのです。

私は彼を脇へ捕まえて、そうすると、彼はこう言ったんです。

「申し訳ありません、この数週間、勉強どころではありませんでした。祖母の病状が本当に良くなかったのです。そして2週間前、授業の直前に電話がかかってきて、亡くなったと言われたんです。そして今週、自分はお葬式に行けないことがわかりました。祖母は私を育ててくれた人なのに......」

と、その一部始終を話してくれました。

だから私は彼にこんなふうに言いました。

チェックイン・ラウンドでは、自分が心地よいと思う以上のことを話す必要はないんだ。君が、「家族のことで気が散っているんだ。」と話してくれていたら、私たちも君を助けたり、より良く関わることができたかもしれない。君自身も、家族のことについて頭の中が整理されたかもしれない

それ以来、私たちはそのようなチェックインをするようになりました。ただそれだけのことですが、彼らはそのまま、見事に会話に参加してくれています。そして今では、「気が散っている(I’m distracted.)」「気が散っていない(I’m not distracted.)」と確認し合うこの習慣は、彼らが私たちの教育に積極的に参加するために欠かせないものとなっています。

相手の目を見て、「あなたの必要なものは得られましたか?」と尋ねる瞬間。そこには、何かとても深い、尊厳を大切にする関わりがあるように思えるのです。


There is something profoundly dignifying to look a man in the eye and asked him, “Did you get what you need?”

ホラクラシー・ミーティングのプロセスがどのように役立ったかの第二の例は、(タクティカル・ミーティングにおける)トリアージ(テンションの処理)の段階で、ファシリテーターが 「あなたの必要なものは得られましたか?(Did you get what you need?)」と尋ねるときです。

これはとてもシンプルなことですが、実は、受刑者たちはこのような質問をされることがないのです。中にはそんな質問をされたことがない人もいます。一度も、誰からも、です。

私には、この質問が彼らに与えるインパクトの大きさがわかる気がします。

相手の目を見て、「あなたの必要なものは得られましたか?」と尋ねる瞬間。そこには、何かとても深い、尊厳を大切にする関わりがあるように思えるのです。

彼らは、そのような質問を受けることがないのですから。

私たちはこのようにして、人間性の回復(to be humanizing)人間であることの意味を生き生きと蘇らせるために(to reinvigorate what it means to be human)、この豊かな人間性教育に力を注いできました。

そして、このタクティカル・プロセスが、同じことを、非常に明快かつ実用的な方法で行っていることに気づいたのです。

つまり、ホラクラシーと、

あなたの必要なものは得られましたか?(Did you get what you need?)」という1つの問い、そして、

その問いを肯定すること(the affirmation of that question)で、

自分自身を、そしてお互いをどう見るべきかということについて、彼らの何人かの制約や認識を解き放った(has unlocked)のだと思います。

このことは、私にとって大きな励みになりました。

クリス:
素晴らしいお話ですね。ジェフ、時間を割いてくれて本当にありがとう。

ジェフ:どういたしまして。

翻訳を終えての感想

人間性の尊重と、尊厳の回復

私自身も、現著者のクリスのようなホラクラシー・オタクなのですが、どうしてこんなにもホラクラシーに惹かれてしまうのだろう?

そう考えたとき、ホラクラシーにおける一人ひとりのテンション(気づき、モヤモヤ、行き詰まり)を丁寧に扱うプロセスの尊さが一番に浮かんできました。

一見、とても構造的、機械的に見えるホラクラシー独自のルールも、それらはあくまで組織にいる一人ひとりが目的実現に向けて動きやすくなるための補助線のようなものであり、それらは一人ひとりの創造性の開放につながっている。

このようなことを考えていたのですが、ジェフの話はまさに「そうそう!そういうことだったんだよ」と改めてホラクラシーのポテンシャルを感じさせてくれるエピソードでした。

修復的司法と『Humankind』

ところで、刑務所におけるエピソードと、受刑者の人間性というテーマを考えたとき、浮かんできたのは修復的司法(Restorative Justice)という考え方です。

ルドガー・ブレグマン著『Humankind』においても、本記事のジェフのような言葉が現れています。

ノルウェーで2番目に大きい刑務所であるハルデン刑務所の受刑者は、床暖房と専用の浴室の付いた個室を持っており、さらに図書館、フリークライミングの壁、設備の整った音楽スタジオを使うこともできると言います。

実のところ、ここの看守は武器を携帯しない。「わたしたちは彼らに語りかけます」とある看守は言う。「それがわたしたちの武器なのです」

p154『Humankind 希望の歴史 下 人類が善き未来をつくるための18章』

そのハルデンから数マイル離れたところにあるバストイ刑務所では、映画館、日焼けマシン、教会、食料品店、図書館、スキー場も2つ完備。さらに、制服を着ない看守と受刑者たちが、同じテーブルに座って一緒に食事を取っているといいます。

ノルウェーの刑務所では、受刑者は仲良く暮らしている。争いが起きた時は、両者は席について徹底的に話し合わなくてはならず、握手を交わすまで、席を立つことは許されない。「簡単なことです」とバストイの刑務所長、トム・エーベルハルトはこう語る。「汚物のように扱えば、人は汚物になる。人間として扱えば、人間らしく振舞うのです」。

p156『Humankind 希望の歴史 下 人類が善き未来をつくるための18章』

修復的司法と受刑者との人間的な関わりの事例で言えば、近年では日本でも「島根あさひ社会復帰促進センター」の取り組みに注目が集まりつつあるようです。

ホラクラシーとNVC

修復的司法、そして『Humankind』を連想したとき、さらにマーシャル・B・ローゼンバーグ(Marshall B. Rosenberg)氏NVC(Non-Violent Communication:非暴力コミュニケーション)が思い浮かびました。

NVCでは、

今この瞬間に、わたしたちの内面で何が息づいている・生き生きしているか?(What's alive in us?)』

『人生をよりよりすばらしいものにするために何ができるのか?(What can we do to make life more wonderful?)』

という2つの中核的な問いがあります。

そして、この問いは、ホラクラシーにおけるテンションの扱いにも通じる人間性の尊重の姿勢でもあります。

ホラクラシーを実践する組織において、何か仕事上でテンション(気づき、モヤモヤ、行き詰まり)を感じた人はそれを表明することができます。

そして、時にファシリテーターからはこう尋ねられます。

「あなたの必要なものはなんですか?(What do you need?)」

そして、テンションの感じた人は自らのテンションを解決するために真摯に自身に向き合い、最終的に自分のテンションを解消するための一歩を見つけることを促されます。

そして、次の一歩が見つかったように思われたら、再びファシリテーターはこう尋ねるのです。

あなたの必要なものは得られましたか?(Did you get what you need?)

以上、ホラクラシーにおけるテンションの処理と、NVCにおけるニーズとリクエストの表明についてプロセスを整理すると、

・自分の中に息づいているものを感じること
・それを表明し、丁寧に扱う場を設けること
・互いを尊重した解決へと向かうこと

このようなプロセスにまとめられそうです。

この基本的なプロセスは、組織内における仕事上のコミュニケーションであっても、日々の会話の中であっても、通底しているように感じられるのです。

どうやら、私はこの一連の探求を顧みるに、人間性や人の尊厳を大切にした場づくりや関係性づくりを行うために実践を重ねてきたようです。

改めて私は、この世界に一人ひとりの尊厳を大切にしたコミュニティを少しずつでも、草の根から増やしていきたいという願いを実現するべく、ホラクラシーをはじめとする組織運営法、コミュニケーション法、ファシリテーションのあり方についての探究と紹介を続けていきたいと思います。

参考リンク

Jeff on Holacracy at Tucker Prison at Arkansas, USA.

上記リンクでは、ジェフリー氏の別のインタビュー動画が紹介されています。動画の説明文は以下のように紹介されています。

こちらは、アメリカ・アーカンソー州のタッカー刑務所で受刑者向けの教育プログラムを実施しているLikewise Collegeのジェフリー・D・クレ氏(Jeffery D.Kreh)との通話を収録したものです。

彼らは、ホラクラシーをガバナンスの手法として使い、学生も一緒になって教育プログラムの実施に取り組んでいます。

彼は、ホラクラシーが持つ深い癒しの力(the deep healing power of Holacracy)について語ります。

ホラクラシーは、これまで(生き方や思考、行動について)選択肢を持たなかった人々、選択について意識をしていなかった人々に、自らが自由に選択を行える権限(authority)を持つ経験を与えることができます。

ホラクラシーは、組織を進化させるために、日常的に何かを解決するものであり、このプロセスは、そのためのデザインの一部であるとジェフは話します。
また彼は、刑務所の人たちがこのようなプロセスに飢えていて、すんなり採用してくれたという経験もしている。

このことは、インドや世界の様々な場所でホラクラシーを実践する励みになります。

人間的な世界を作り、最も必要とする場所に尊厳をもたらす(bring dignity to the places which need the most)というLikewise Collegeの仕事と深いコミットメントに、私はとても感動していました。

ブライアン・ロバートソンへ。
私とジェフを結びつけ、権力の分散型組織のあり方についての光明を広めてくれてありがとう。

このプログラムについてもっと知りたい、ジェフに連絡を取りたい方は、jkreh@likewiseinc.com までご連絡ください。


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