【読書記録】コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装―スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04
今回の読書記録は、SSIR Japan編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04―コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』です。
今回の読書記録では、『コレクティブ・インパクト』という概念を提唱し、広く世に伝えたにジョン・カニア氏(John Kania)とマーク・クラマー氏(Mark Kramer)が共著者として加わっている論文を中心に読み解き、コレクティブ・インパクトとは何か?についてまとめていこうと思います。
本書の構成
本書『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04―コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』は、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)のグローバル・ファミリーであるスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)によって発行された書籍です。
本書『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』に限らず、SSIR-J出版の書籍は、各号ごとに設けられたテーマに関連する論文やコラムを集め、編集されたものであり、本書もまた『コレクティブ・インパクト』を中心テーマにおいた複数の論文・コラムが翻訳、掲載されています。
今回の読書記録では、『コレクティブ・インパクト』という概念を提唱し、広く世に伝えたにジョン・カニア氏(John Kania)とマーク・クラマー氏(Mark Kramer)が共著者として加わっている論文である以下の3本を中心に読み解き、コレクティブ・インパクトとは何か?についてまとめていこうと思います。
本書『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』ではコレクティブ・インパクトに関連して、日本人の実践者たちによる以下の興味深い論考も掲載されており、これらの論文はSSIR-Jでも閲覧が可能となっています。
また、そもそも『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)』が提唱する『ソーシャルイノベーション』とは何か?についてまとめた記事も事前に公開しておりますので、よろしければそちらもご覧ください。
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)とは、2003年にスタンフォード大学で創刊され、アメリカのNGO研究に端を発したソーシャルイノベーション専門メディアです。
社会課題をより効果的に解決する目標に向かい、公共・企業・非営利セクターの「境界をなくすこと」「対話の橋渡しとなること」をめざして創刊されました。
なお、2003年の創刊号のエディターズ・ノートでは、ソーシャルイノベーションについて以下のような定義がなされています。
その後、2008年にスタンフォード大学のジェームズ・A・フィルズ・ジュニア(James A. Phills Jr.)、クリス・ダイグルマイヤー(Kriss Deiglmeier)、デイル・T・ミラー(Dale T. Miller)によって発表された論文の中で以下のような表現に改められました。
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)はスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)のグローバル・ファミリーとして2021年に創刊された、ローカル言語版です。
2021年8月に出版された『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』を皮切りに、2023年11月現在まで延べ6巻がSSIR-Jによって発行されています。(最新号は『コミュニティの声を聞く。』)
『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』にて掲載された、共同発起人・井上英之さんのSSIRとの出会いや日本に紹介しようと考えた背景、そこに込められた思いは、以下のリンク先でも一部公開されています。
なお、2023年11月2日に、このスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)は、事業終了とアナウンスされました。
突然のお知らせに私自身も驚いたのですが、よくよく読み込んでみると、継続されるコンテンツも確認できます。
今回のアナウンスによれば、有料会員向けのサービスは閉鎖・終了していくものの、ウェブサイトに集められた記事は今後、一般公開されていくとのことです。
コレクティブ・インパクトとは?
以上、『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』を読み解く前提情報について見てきました。
では、改めて『コレクティブ・インパクト(Collective Impact)』とはどのようなものでしょうか?
コレクティブ・インパクトの前提にあるのは、以下のような課題意識です。
ここからは、コレクティブ・インパクトの概要およびこれまでのアプローチとの相違点、成功条件などを紹介します。
コレクティブ・インパクトの概要
『コレクティブ・インパクト(Collective Impact)』とは、2011年にジョン・カニア氏(John Kania)とマーク・クラマー氏(Mark Kramer)がスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)に寄稿した論文『コレクティブ・インパクト : 個別の努力を越えて今こそ新しい未来をつくり出す(Collective Impact)』がきっかけで世界中に広まった新しい社会変革のアプローチです。
社会を変えるためのコラボレーションについて従来の方法論とは異なるコンセプトを提示したこの論文は、発表後の10年間で100万回以上のダウンロード、学術誌において2400回以上の引用されるなど、世界中の環境問題、社会問題に取り組む実践者たちにも大きな影響を与えました。
2011年に発表された上記の論文において、筆者らは以下のようにコレクティブ・インパクトを定義しています。
そして2022年に発表された『コレクティブ・インパクトの北極星はエクイティの実現である(Centering Equity in Collective Impact)』では、2011年以降の10年間の実践と学びを通じて、以下のようにコレクティブ・インパクトは再定義されることとなりました。
マーク・クラマー氏とマイケル・ポーター教授(Prof. Michael Porter)によって2000年に創設され、ジョン・カニア氏も取締役を務めるFSG(Foundation Strategy Group)は、リーダーシップ開発や社会的事業の研究に取り組むアスペン・インスティチュート(Aspen Institute)と共にコレクティブ・インパクト・フォーラム(Collective Impact Forum)を立ち上げました。
コレクティブ・インパクト・フォーラム(Collective Impact Forum)では、共通の目標に向かって集合的なインパクトを生み出すコレクティブ・インパクトの活動を促進するための、さまざまなリソースを提供しています。
コレクティブ・インパクトは、日本国内においては2010年代後半から注目されつつあります。
2018年には日本財団の助成を受けた日本ファンドレイジング協会とNPO法人ETIC.が共同でコレクティブ・インパクトを題材とした実務者研修を実施しているほか、東京・渋谷では企業・公共・非営利組織といった多様なステークホルダーの集うイベントが開催されました。
2019年には内閣府によるコレクティブ・インパクトの海外事例の調査研究の発表、2021年以降はデロイトトーマツウェルビーイング財団(DTWB)によってコレクティブ・インパクトに着目した社会課題解決促進のための助成事業が実施されており、今年度で第3回を数えています。
アイソレーテッド・インパクトとコレクティブ・インパクト
2011年に初めて提唱されたコレクティブ・インパクトには、それまでの社会変革やソーシャルイノベーションの動き方との違い、それらの活動に伴う従来型のコラボレーションとの違い、という2点を挙げられます。
1つは、アイソレーテッド・インパクト(Isolated Impact:個別的インパクト)とコレクティブ・インパクト(Collective Impact:集合的インパクト)という違いです。
いざ、社会課題を解決するためのNPO・NGOを支援しようというとき、多くの資金提供者(政府・自治体・基金・財団など)は多くの申請者の中から助成対象を絞るため、社会課題の解決に最も貢献する組織を見極めようとします。
そして、NPO・NGOなどの申請者もまた、自分たちの活動がいかに最大の効果をもたらすかを強調し、説明しようとして、同じ課題の解決に影響をもたらしうるその他の団体や要素と切り離した上で競い合います。
しかし、ある有力な団体1つがある社会課題を解決しきれるわけでもなく、ある有力な団体を支援したとしても、その団体がある課題解決のために適切な組織・活動規模にスケールするためには莫大な予算が必要となることもあり、アイソレーテッド・インパクト(Isolated Impact:個別的インパクト)には限界もあります。
また、筆者らは、2004年に発表したロナルド・ハイフェッツ(Ronald A. Heifetz)との共同論文『Leading Boldly』を引きつつ、技術的課題(Technical Problems)と適応課題(Adaptive Problems)について言及しています。
問題の定義が明確であらかじめ答えがわかっており、単独または少数の組織によってでも解決策が実行可能な技術的課題(Technical Problems)の場合には、アイソレーテッド・インパクトも有効です。必ずしも、コレクティブ・インパクトでなければ解決できない課題とは限りません。
しかし、現在の社会課題の多くは、問題が複雑で答えがわからず、また、答えがわかっていたとしても必要な変化を実現するための単独、少数のプレイヤーが存在しない適応課題(Adaptive Problems)です。
以上のような背景から、アイソレーテッド・インパクトに代わるコレクティブ・インパクトへの移行に世界中で注目が集まりつつあります。
従来型のコラボレーションとコレクティブ・インパクト
コレクティブ・インパクトは従来型の社会課題解決のコラボレーションとの比較も行われており、『コレクティブ・インパクト : 個別の努力を越えて今こそ新しい未来をつくり出す』の中では簡潔な表にまとめられています。
上記の論文で紹介されている従来型のコラボレーションとは、以下のようなものです。
上記に挙げた従来型のコラボレーションの多くは、以下のような特徴が1つまたは複数確認でき、これらの弱点を乗り越えていくアプローチとしてコレクティブ・インパクトが紹介されています。
社会課題解決のためのコラボレーションの一種としては、コレクティブ・インパクトは以下のように表現されています。
以下、『コレクティブ・インパクト : 個別の努力を越えて今こそ新しい未来をつくり出す(Collective Impact)』の中で述べられたコレクティブ・インパクト成功のために重要な5条件について紹介します。
コレクティブ・インパクトの重要な5条件
『コレクティブ・インパクト : 個別の努力を越えて今こそ新しい未来をつくり出す(Collective Impact)』の筆者らは典型的なコレクティブ・インパクトの成功例を見る中で以下のような5つの重要な条件を発見しました。
コレクティブ・インパクトの実装に向けて
以上までが、コレクティブ・インパクトに関する概要です。
『コレクティブ・インパクト : 個別の努力を越えて今こそ新しい未来をつくり出す(Collective Impact)』は、2011年に発表されて以降、大きな反響を呼び、筆者らは具体的な実践に対する詳しい情報やアドバイスが求められるようになりました。
そのような背景から2012年に発表されたのが、『コレクティブ・インパクトの実装に向けて(Channeling Change: Making Collective Impact Work)』です。
この論文では上述のバックボーン組織の具体例や、多層型コラボレーション(Cascading Levels of Linked Collaboration /Different Levels of Linked Collaboration)などに関する詳しい言及がありますが、今回の読書記録ではコレクティブ・インパクト実践のための前提条件、コレクティブ・インパクトが辿る3つのフェーズについて簡単に紹介します。
コレクティブ・インパクトの前提条件
コレクティブ・インパクトの取り組みを立ち上げる前に整えておくべき前提条件として、筆者らは以下のように述べています。
また、この中でも圧倒的に重要な要件として、「影響力のある招集者(たち)」……さまざまなセクターで活動する経営者クラスのリーダーたちの存在を筆者らは強調しています。
コレクティブ・インパクトのフェーズ
続いて、コレクティブ・インパクトの実践において明確に区分3つの過程を筆者らは紹介しています。
そのフェーズとは以下のようなものです。
なお、筆者らはコレクティブ・インパクト実践に関して、「既に存在しているコラボレーションを土台にすること」と「コレクティブ・インパクトの土台が整うまでには時間がかかること」を強調しています。
ステークホルダー同士の協働が生まれ、機能不全に陥った社会システムの根本的な改善につながる土台ができるまで、フェーズ1〜2だけでも半年から2年、フェーズ3の実践には10年かそれ以上に及ぶことがある、というのが筆者らの見解です。
エクイティ(構造的差別の解消)とは?
2011年に発表された『コレクティブ・インパクト : 個別の努力を越えて今こそ新しい未来をつくり出す(Collective Impact)』において、筆者らは以下のようにコレクティブ・インパクトを定義しました。
そして2022年に発表された『コレクティブ・インパクトの北極星はエクイティの実現である(Centering Equity in Collective Impact)』では、2011年以降の10年間の実践と学びを通じて、以下のようにコレクティブ・インパクトは再定義されることとなりました。
この点に関して、『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』のEditor’s Noteでは以下のように触れられています。
以下、10年間の実践と学びの中で見出された、コレクティブ・インパクトの取り組みの成功に不可欠な要素であるエクイティについて見ていきます。
社会課題の歴史的・構造的経緯とエクイティ
2022年に発表された論文は、コレクティブ・インパクトの活動においてエクイティ(equity:構造的差別の解消)を中心に据えることの重要性を強調し、エクイティをコレクティブ・インパクトの中心に据えた戦略についての紹介を行いました。
そして、このエクイティの定義について筆者らは、アーバン・ストラテジーズ・カウンシル(Urban Strategies Council)の定義を引きつつ以下のように述べています。
この論文の中で取り上げられる構造的差別は、主として人種差別です。(例えば、「黒人」の「女性」というアイデンティティを持つ人々は、より不利な立場に置かれがちです)
このような背景を時間をかけて理解をしようとしない限り、周縁化された人々が構造的な差別から解消され、その能力を最大限発揮していくことはできない、と筆者らは述べています。
また、人種におけるエクイティ実現のためのリソース、ツール、フレームワーク等は、心身の障害、性的指向、ジェンダー、階級、カースト、民族、宗教といったその他のさまざまな分野にも応用可能であると、筆者らは付け加えています。
無意識化される人々の特権・パワーの不均衡
日本人である私たちがもう少しエクイティについて探求するために、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー以外の文献も活用しながら視野を広げてみようと思います。
『コレクティブ・インパクトの北極星はエクイティの実現である(Centering Equity in Collective Impact)』の中で述べられた構造的差別に関連すると思われる記事は、簡単に調べてみただけで以下のようにいくつも確認できます。
また、私が探求してきたテーマに関連して構造的差別を紐解くと、プロセスワークの提唱者であるアーノルド・ミンデル(Arnold Mindell)は、人が意識する・しないに限らず備わる能力やパワーであり、コミュニケーションに影響をもたらすものとしてランク(Rank)という概念を用意しています。
ランクの例としてミンデルは、肌の色、 経済階級、ジェンダー、性的指向、教育、宗教、年齢、専門知識、職業、健康、心理状態、スピリチュアリティなどを挙げており、ランクの性質について以下のように述べています。
エクイティ実現へのアプローチとして、世界的なファシリテーターであるアダム・カヘン氏(Adam Kahane)がJustice(正義/公義)に着目しています。
アダム・カヘン氏は、90年代に南アフリカの民族和解および民主化プロジェクトにファシリテーターとして参画して以降、これまでに世界50カ国以上において企業、政府、市民社会のリーダーが協力して困難な課題に取り組むプロセスを整え、設計、ファシリテーション、オーガナイズを行なってきた第一人者です。
今年3月に来日された際の講演では、以下のようにお話しされていました。
エクイティを中心に据えるための5つの戦略
『コレクティブ・インパクトの北極星はエクイティの実現である(Centering Equity in Collective Impact)』の筆者らは、このエクイティ(構造的差別の解消)をコレクティブ・インパクトの活動の中心に据える戦略として、以下5つの戦略について紹介しています。
終わりに
本書に出会うまでの私の旅路
以上、『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』を私なりの視点から読み解いてきました。
私が本書を手に取るきっかけを遡ると、2013年に遡ります。
当時は東日本大震災の発生からまだ間も無く、日本社会全体にこれまで通りの働き方・生き方をしていていいのか?といった疑問・懸念が人々の中に湧き起こっており、身近な友人や仲間たちの間でも地方への移住や転職といった形で新たなライフスタイルが模索されていました。
それと共に、社会に対する新たな関わり方としてソーシャルビジネス、社会起業家といった存在や、異なる関係者間の利害関係の調整、異なるセクターを超えて共通するビジョンを描くためのマルチステークホルダーダイアログ、ホールシステムアプローチといったものを震災復興やまちづくりでの活用にも注目が集まっていたように思います。
当時の私は関西圏の仲間たちと共に、青少年のメンタルヘルス、学生社会起業家育成のためのアイデア発想・交流プログラムにファシリテーターや運営として携わるという形で、個人や個別のセクターを超えた協働、社会に発信していく取り組みに触れていました。
その後、特定非営利活動法人場とつながりラボhome's viに参画した私は、ファシリテーションについての探求を深め、その方法を企業・団体への提供していくのですが、その最中で組織の構造的な壁に直面します。
当時の私は組織の変革のための関係者を集め、あるいは組織の壁を越えて多種多様な人々が集まる場を設計し、運営しようと試みていました。
しかし、たとえその場で素晴らしい対話が実現できたとしても、ワークショップやプログラムの場から本来の持ち場に戻った人々は、その組織での文化に引き戻されてしまい、変化が持続できないということが発生してきました。
『人や組織のポテンシャルをより良く発揮していける叡智を届けていくこと』を当時の活動の目的としていましたが、このような状態では根本的な変化は起こりません。
そんな時に出会ったのが、組織を構造から眺め、構造の変容と人の内面の変容を同時に扱うことを提案する『ティール組織(Reinventing Organizations)』という組織論と、一人ひとりの創造性から活動が広がる中で自然と組織化されていくという捉え方をする『ソース原理(Source Principle)』という知見でした。
ソース原理(Source Principle)とは、イギリス人経営コンサルタント、コーチであるピーター・カーニック氏(Peter Koenig)によって提唱された、人の創造性の源泉、創造性の源泉に伴う権威と影響力、創造的なコラボレーションに関する洞察を体系化した知見です。
2019年の来日時、『ティール組織』著者フレデリック・ラルー氏(Frederic Laloux)によって組織、経営、リーダーシップの分野で紹介されたことが契機となって初めて知られることとなったソース原理(Source Principle)。
ソース原理について初めて日本に紹介された邦訳書『すべては1人から始まる(原題:Work with Source)』を参照すると、ソース(Source)とは、あるアイデアを実現するために、最初の個人がリスクを取り、最初の無防備な一歩を踏み出したときに自然に生まれる役割を意味しています。
また、本書中の用語解説では、『脆弱なリスクを取って、ビジョンの実現に向けて自らを投資することで、率先して行動する個人のこと』と説明されています。
また、現在未邦訳であるものの世界で初めてソース原理を書籍として紹介したステファン・メルケルバッハ氏(Stefan Merckelbach)は、この役割を担うことになった人について、特に「ソース・パーソン(source person)」と呼んでいます。
トム、ステファンの両者に共通しているのは、ソース(Source)は特別な人だけがなれる役割ではなく、誰もがソース(Source)である、というものです。
アイデアを実現するために一歩踏み出すことは、社会を変えるような大きなプロジェクトの立ち上げに限りません。
自身の研究課題を決めること、就職を思い立つこと、ランチを作ること、休暇の予定を立てること、パートナーシップを築いていくこと等、日常生活の様々な場で誰しもが何かのソース(Source)として生きていることを両者は強調しています。
このソース原理について著者らとも探求・実践を重ねる中で必要に感じたのが、コレクティブ・インパクト及びコラボレーションに関する知見でした。
本当に生み出したい変化の対象が1人の人、1つの組織を超えたより大きな社会システムに及ぶ場合、組織やセクターを超えた協働が不可欠だと考えたためです。
そして、『ティール組織(Reinventing Organizations)』で紹介されている一人ひとりの全体性に基づき、存在目的(パーパス)へ向けて自律的な組織運営を行うアプローチを1つの組織を超えた範囲で応用すれば、それらはコレクティブ・インパクトの助けとなるかもしれない……。
そのような経緯からスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)に辿り着いたのですが、SSIR-J共同発起人である井上英之さんの言葉に出会ったことで私のこれまでの旅路が繋がるような感覚が得られました。
『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』にも掲載されていた『「わたし」から物語を始めよう』という記事の中に、社会を変えるために『「わたし(私)」という存在が「やってみる」こと』の大切さについて述べられていたのです。
旅路を振り返りを終え、次の一歩へ
現在の私の活動の方針は、2010年代の考え方から再定義された『人や組織のポテンシャルをより良く発揮していける叡智を次世代へ受け継ぎ、文化として育んでいく』というものです。
以前から『コレクティブ・インパクト』に関する探求を進めていこうとは考えていましたが、今回の読書記録を書く大きな転機となったのは、発行元のスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)の事業終了のアナウンスでした。
これまでも私は、書いてまとめる・まとめたものを仲間たちに共有するというアプローチで組織論やファシリテーションの手法・哲学の紹介などを行ってきましたが、SSIR-Jの事業終了は私の中の何かを奮い立たせました。
そして今回、『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』に続いて『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』のまとめを一通り終えられたことで、これまでの私自身の旅路の振り返りも行うことができました。
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)の遺してくれたくれたものを継ぐ、というと少し大袈裟で烏滸がましいような気持ちもしますが……これらの知見を大切に仲間たちともわかちあい、少しでも次世代を生きる人々がそのポテンシャルを発揮していけるような助けとできれば幸いです。
この感覚や上述のまとめも、私自身の視点・レンズを通して描写されたものです。
このまとめを最後まで読んでいただいた皆さんに、何か気づきや発見などがあれば幸いです。