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令和源氏物語 宇治の恋華 第六十三話

 第六十三話 恋車(二十五)
 
大君は薫が早くに京へ発ったと聞いてこのままでは中君はおろか自分も見捨てられるのでないかと気が気ではありませんでした。
「弁をこちらに呼んでちょうだい」
薫君を探ろうと思えばやはりこの老い女房に頼るしかないのです。
「お呼びでしょうか」
「薫さまは何故早く発たれたの?挨拶もされないなんておかしいわ」
弁の御許はこの姫の思い遣りのない傲慢な言葉に憤りを感じましたが、それとも気付かぬ愚かさを不憫に思いました。
「昨日お越しになった折から対面を拒まれて、ですもの。薫さまは御身を慮って去られたのでしょう」
確かに御許のいう通り、お越しになった時の挨拶さえちゃんとお受けしなかったのは自分であると今更ながらに悔やまれるのです。
「薫君は中君とお逢いになったようだけれど、娶ってくれるでしょうか」
そのような自分勝手さに鼻白む御許はつい意地悪く答えてしまいました。
「御心配なさらずとも薫君はこれまで通り姫君たちの生活の面倒をみてくださいますわ。それよりも薫さまは仰っておりました。大君さまが望まれるよう身分の高い匂宮さまの方を婿にされるがよい、と」
「まぁ、そのようなこと。わたくしは」
あまりの言われように大君は言葉を失いました。
薫君が本当にそのように思われたならばなんとも恥ずかしいこと、と目の前が暗くなるようです。
ちょうどそこへ薫君からの手紙が届けられました。
添えてあるのは先の方だけが色づき、根元はまだ青いままの楓の一枝。
手紙は結び文などのように軽々しくはなく、しっかりと畳んでありました。
 
 おなじ枝を分きて染めける山姫に
      いづれか深き色ととはばや
(山姫はこの枝を片方だけ染めました。同じ枝を分かつ姉妹であれど、どちらに私が心を寄せているかおわかりでしょう)
 
自制されつつ、恨みを滲ませた手紙はこれが最後のものであるように思われて、大君は思い悩みました。
今さらわたくしも心は変えられない、と毅然と返しました。
 
 山姫のそむる心は分かねども
     うつろふ方や深きなるらむ
(山姫の心はわかりませんが、あなたの御心は紅に染まる妹の中君の方に寄せられているのではありませんか)
 
それから数日後、弁の御許の元に薫君から中君を娶る意志を示した手紙が届けられました。

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