紫がたり 令和源氏物語 第二百八十四話 真木柱(十五)
真木柱(十五)
源氏は右大将のやり方にはらわたが煮えくり返るような思いで一睡もできずに朝を迎えておりました。
玉鬘の参内を迎えるにあたり、内大臣も相当の尽力をしたわけで、このまま二度と出仕させないようでは二人の大臣の面子をつぶしたようなものです。
何よりお主上の意向を二度も踏みにじったことになるのですから畏れ多くも大胆なことをやってのけたものだと面白くありません。
そうして理論立てて右大将へ怒りを向けたところで、その根底には掌中の珠を掠め取られた源氏自身の無念さがあるのです。
源氏がそうしたことを悶々と思い悩んでいるので、ぴりぴりとした空気が張りつめて、紫の上は何事か出来したとすぐに気がつきました。
女房たちによるとどうやら髭黒の右大将が玉鬘を自邸に迎えるために一計を案じた様子。源氏の玉鬘への懸想を察していた紫の上は表には出さないものの、虎の尾を踏まぬようにと用心するのです。
近頃紫の上はもう源氏に対する愛情というものを感じなくなっておりました。
源氏が一体どのような女人ならば満足するのか、以前は真剣に考えてみたこともありましたが、どうやら幻を追うように誰か手の届かぬ方を求めているようで、おそらくその恋い慕った方はもうこの世にはおられぬのでしょう。
どのような御方でももはや源氏を満たすことは出来ないのだと紫の上は悟っております。それを源氏自身が気づかぬばかりにその通ってきた道筋には無残に散らされた数多の女人たちが横たわっているように思われます。
あれほどライバル視した明石の上でさえも、紫の上自身でさえもその屍のひとつにすぎないのです。
今の紫の上の心の拠り所といえば、明石の姫君と御仏への信仰でした。
来年には姫も十一歳となり、成人することでしょう。
落ち着いたら出家を願い出たいと密かに願っているのです。
そう心が定まると源氏の心がどちらに向いていようと、もはや紫の上が傷つけられることはないのでした。
玉鬘が右大将の邸に引き取られたという噂はすぐに広まり、それを聞いた式部卿宮は不愉快で仕方がありませんでしたが、ここのところ右大将に同情する気持ちが芽生えているのでした。
それは娘が物の怪に憑かれている姿を実際に目の当りにしたからです。
呪詛の言葉を吐き、暴れる娘は数人の男で取り押さえてようやく動きを封じることができました。
その形相たるやとても愛娘とは思われず、醜悪そのものなのです。
よくも右大将はこの娘の面倒をみてきたものだ、と感じ入るところもあるようになりました。
あれだけ気が強く源氏や紫の上に敵愾心を持っていた式部卿宮の北の方も娘にほとほと手を焼いて、近頃では御仏頼りと勤行三昧で大人しくしております。
そうかといってやはり宮は右大将を許す気にもならず、真木柱の姫君が父との再会を懇願しても、けして首を縦には振ろうとしないのでした。
冷泉帝は玉鬘が二度と出仕しないであろうことを惜しく思っておられました。
たった一度会った姫は噂以上に美しく可憐な姫君でした。
あの振り返りながら局を去る様子が目に焼き付いて、結ばれる縁ではなかったかと深い溜息をつかれたのです。
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