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紫がたり 令和源氏物語 第三十一話 若紫(五)

 若紫(五)

心乱れて罪の意識に苛まれているのは、藤壺の宮も同じことでした。
それは源氏の君を愛するがゆえの苦悩です。
愛がなければこのように心が裂かれるほどに痛むこともないのです。
主上(おかみ=帝)からは早く内裏に戻られるようにという催促がありましたが、このような気持ちで何食わぬ顔をして帝の寝所に侍ることなどできるわけがありません。
思い悩んで気鬱を患った宮はそのままお召に応じることができずに日々を過ごしておられました。
しかしどうやらそれだけではないらしく、過酷な運命が待ち受けていることを、己の業の深さを呪っておられるのでした。


源氏はある夜不思議な夢をみました。
それは天上にての出来事のようで、五色の光を放つ不思議な雲に囲まれており、聞いたことのないような尊い調べが、遠く、近くに降り注ぐ場所です。
そして目の前には金色(こんじき)の龍がおりました。
源氏を凝視めるその瞳は水を湛えたように透き通り、澄んでいます。
もし邪悪な者が凝視めればたちどころに射抜かれてしまうような力を秘めているように思われ、畏怖の念が込み上げてきましたが、どこか懐かしくも思われるのが不思議なところです。
それは一瞬のようにも感じられ、永遠のようにも感じられ、時という概念さえも存在しないようでした。

目覚めた源氏はいつまでも不思議な感覚が残るので、夢占を得意とする者を呼んで判じさせました。
「それは御子が天子(=帝)に上るという夢に相違ありません」
夢占が畏れ多いとばかりに恐縮するので、これは他人の夢であるから軽々しく口にするな、そう源氏は固く言い含め、多くの褒美を与えて帰しました。

はておかしなこともあるものよ。
首を傾げているところに藤壺の宮ご懐妊という知らせが入りました。

おお、それでは宮は私の子を・・・。

悟った源氏は己の罪が実を結ぶことに恐れを感じたものの、愛する人との間に授かった子を思うと嬉しさで涙がこぼれるのでした。

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