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令和源氏物語 宇治の恋華 第六十二話

 第六十二話 恋車(二十四)
 
今宵のことはいったいどうしたというのであろうか、と中君は思案しながら身を横たえました。
衣をかついでいると弁の御許がやってきて問いかけます。
「殿はもうあちらにいらっしゃいましたか。はて、中君さまはどちらに行かれたのでしょう?」
どうやら自分を姉だと思っているようです。
 
それではやはり薫君は姉上と逢おうとしてこちらにお越しになったのだわ。
姉は賢しくもそれを逆手にとって自分と薫君を結び付けようとしたのだ。
 
そう考え至るにもあまりなこと、と中君は姉を恨まずにはいられません。
それにつけても薫君の男らしい優しさがありがたく、さらに慕わしく思われる中君なのです。
しばらくすると屏風の裏側から姿を現した大君が深い溜息をついたのを背中に聞きましたが、中君は振り返ろうともしませんでした。
大君はほうほうの体で屏風の裏から這い出たものの、額髪が汗まみれで貼り付いているのもみっともなく、自分の目論見通りにゆかなかったことも情けなく感じておりました。
 
わたくしばかりではなく中君まですっかり姿を見られてしまった。
 
浅はかな女房たちの差し金で思わぬことになってしまったものだ、と中君にも申し訳なく思われるのです。
一方では薫君があの美しい妹の姿を目の当たりにしてまでも揺るがなかったことに不思議な昂揚感と感動を覚えるのでした。
それほどに自分を想う心の方が勝っているのかと思うと嬉しくて、そんな喜びを覚える矛盾した心に惑うて、また深い溜息を漏らしたのでした。
 
 
薫はといいますと、そのまま部屋に戻る気も失せて、このやるせない気持ちを誰かに吐き出してしまいたいと弁の御許を訪れました。
「今回ばかりは恥じ入ったよ。ここまで嫌われていたのにも気付かなかった己が愚かしい」
一部始終を聞いた御許は大君の可愛げのないあしらいにたいそう君がお気の毒でなりませんでした。
「何しろ頑な御方ですので」
「そうだねぇ。今宵のことで大君の心が私にはないことがよくわかったよ。もう懸想する心は宇治川に沈めてしまおう。どこぞの宮はお気軽にこちらに文を寄せているようだけれど、なるほどどうせならご身分の高い宮さまのほうがよいに決まっている。私は掌で踊らされていただけだというのが思い知らされた。こんな恥ずかしいことは人に知られたくはない。言うてくれるなよ」
薫は弁の御許にきついあてこすりを言ってそのまま宇治を離れました。
 
身分高い宮の方を望むような大君ではありませんが、薫君の自尊心を打ち砕かれたような傷心をどうして慰めることが出来ましょう。
どちらにしてもお気の毒なこととなり、女房たちもみな意気消沈としたのでした。

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