紫がたり 令和源氏物語 第三十話 若紫(四)
若紫(四)
藤壺の宮はここの所お体の調子が優れないということで三条邸に宿下がりをされておられました。
宮の宿下がりを聞きつけた源氏はもしやいつかのように宮に逢えるかもしれないと思うだけで、居てもたっても落ち着かなくなりました。
王命婦(おうみょうぶ)に文を遣わし、夜になっても左大臣邸はもとより、他の女性のもとへも出掛けるそぶりも見せません。
昼も夜も宮のことを思い詰める若者を見て、これが巷でさも好色のように噂される光る源氏なのか、王命婦は哀れに思い、またもや源氏を手引きしてしまいました。
宮は以前とお変わりもなく、その女盛りの様子は輝くばかりに眩しく思われました。
愛の歓びはほんの一瞬で、再び重ねた罪に身を焼かれるような思いで耐えておられます。
その煩悶する表情さえも美しく、源氏はどうしてこの方は素晴らしいのかと溜息をつかずにはいられません。
「もうこのような無理なことはなさらないで下さい。私は自分の罪が恐ろしゅうございます。いえ、これ以上光る君さまを罪に引き込むのは辛うございます」
さらさらとこぼれる黒髪は涙に濡れて、艶めかしい。
「一度罪を犯してしまえば、二度も三度も同じではありませんか」
そう言う源氏に宮は悲しげに笑いました。
「いいえ。かつては白かったものにひとつ染みができたかと思えば、また濃い染みが上塗りされていく・・・。重ねるごとに罪が深くなってゆくのはわたくし自身が誰よりも知っているのです」
「共に罪に堕ちたのではありませんか。あなたの嘆きもすべてこの身が負えるのであれば私は命さえ惜しくはありません。ただ宮の愛だけが欲しいのです」
「おわかりになっていらっしゃるでしょう。わたくしの愛はあなただけのものですのに・・・。それでもわたくしたちは添い遂げられない宿命なのです。せめて光る君さまは愛し愛される相手を見つけて幸せになってくださいませ」
源氏はあまりにも切なく、ただただ泣くより他にありません。
再びの邂逅は源氏の胸の中にさらに深い闇を落とすばかりでした。
もしも宮に少しでも欠点があればこのように欲が出ないものを、また逢いたいとそればかりが積もっていくのです。
源氏は塞ぎこんで食事もろくに喉を通らないので、参内も出来なくなり、帝はまたお心を痛められました。
そんな父帝の愛を思うと、ことさらに顔向けできない気持ちでいっぱいになり、益々気が重くなるのでした。
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