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紫がたり 令和源氏物語 第二百四十五話 常夏(五)

 常夏(五)
 
現在弘徽殿女御は宿下がりをしておられるのでそちらのご機嫌も伺おうと内大臣は足を向けました。
冷泉帝の寵愛も深く、なかなか宿下がりを許されないのであれば何故中宮になさらなかったのか、とこれまた口惜しいことですが、こちらも今さら言っても詮無いことなのです。
まったく源氏にやられっぱなしなのが不愉快極まりない内大臣です。
 
女御はさすがにゆったりと落ち着いて父君を迎えられました。
ほっそりとした面に長いまつげが愛らしい。
「お父さま、お顔の色が優れませんわ。お加減でも悪いのですか?」
人を思い遣る情け深さに女御の眼差しは優しげで、梅が開きそめたように美貌が輝いています。
この人のどこに“非”を見出せようか。
内大臣はこの姫も不憫に思われてなりません。
「いやいや、今姫君にほとほと手を焼いておりましてね」
弘徽殿女御にいらぬ心配をかけまいと、話題をそちらに持っていきました。
「わたくしの妹姫。近江の君とおっしゃいましたか」
「ええ、何分下賤に混じって成長あそばされたもので、作法はおろか言葉遣いもなっていません」
その吐き出すような父の物言いに弘徽殿女御はまだ見ぬ妹が可哀そうになりました。
「夢占に頼って探し出された姫ですわね。みながそのように期待しては重圧で近江の君が気の毒ですわ」
「重圧を感じるような細やかな神経を持ちあわせておれば、まだ見込みがあるというものですよ。まったく柏木もよく調べないで連れてくるものだからこんなことになるのです」
思惑と違ったからとて元の場所に返すというわけにもいかず、存在も隠しておりましたが、どこからか漏れ出る噂を留めることはできません。
内大臣はふいに近江の君を邸奥に隠すようにしているから厄介なのだと考え至りました。いっそその風変わりな個性を売りにした方が世間も多めにみてくれようかというものです。
この弘徽殿女御のところで行儀見習いをさせるのもまたよろしかろうかと思い至りました。
「そのように優しいお言葉を近江の君も聞きたいでしょう。近いうちにこちらに来させますので、厳しい老い女房などをつけてしごいてやってくださいよ」
「まぁ、それはわたくしも責任重大ですわね。ですがお父さまのお役に立てるのであればうれしいですわ」
弘徽殿女御は内心大変なことになったと思うものの、父君が困っておられるので、女同士の方が何かとよいかもしれぬ、と鷹揚に構えておられるのでした。
 
次のお話はこちら・・・


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