紫がたり 令和源氏物語 第三百九十八話 夕霧(一)
夕霧(一)
夕霧の大将は品行方正で堅物ともてはやされておりますが、亡き柏木の妻であった女二の宮に対する想いは日々募るばかりの執心ぶりです。
生真面目な者こそ思い詰めると大胆な行動に出るものですが、夕霧はひたすら三年近くの歳月を胸に秘めたまま神妙に宮とその母の御息所にお仕えしておりました。
世間的に見ても夕霧の大将は親友の柏木の君に代わって心をこめてお世話をしているのだと取り繕われ、その恋心に気付くのは誰あろう女二の宮その人だけであります。
御息所ももしや大将は娘に関心があるのでは、と感じることが度々ありましたが、何につけても夕霧の北の方が柏木の妹で大臣家の姫でいらっしゃるので、お気持ちばかりで縁組なさるはずはないと考えられておられるようです。
この縁組はどちらにとってもよい結果を招くものではありません。
一度降嫁された皇女の再婚は外聞が悪く、身持ちの悪いように世間には見られ、夕霧の方は大臣家と揉めることになりかねないのです。
約束を違えぬ潔癖な性分であるからこそ柏木に誓った通りにお世話いただいているのだ、とそれに甘んじてつい何年も経ってしまいましたが、御息所は事あるごとに夕霧に感謝の念を忘れません。
女やもめというのは世間から忘れ去られてゆくか生活の為に新しい背を迎えて愛人に成り下がるしかないものですが、夕霧が世話をしてくれるので困窮することもないのです。
大臣家はというと冷淡なもので柏木亡き後は宮と御息所のことを気に懸けることもないのです。
柏木の弟の左大弁の君だけは最初のうちは足繁くご機嫌伺いに通って来ていたのですが、どうやら目当ては女二の宮であったらしく、あからさまに言い寄るのを辛く感じられた宮は強く拒絶されました。
それ以来左大弁の君は一条邸に寄りつくこともなくなったのです。
賢しい夕霧はそれを感じるや色めかしい素振りなどは微塵も見せずにお仕えしてきたのですが、さすがに近頃はいつまでたっても進行しない間柄に焦れているのです。
今更となって言い寄るのも如何なものかという思いと、いつかは宮がうちとけて自分に関心を持たれるまで忍ぼうか、と揺れているのです。
せめて宮が自分のことをどう思っておられるのかを知りたいと願う夕霧は事あるごとにかこつけて一条邸に足を向けるのでした。
妻である雲居雁はというと、夫が女二の宮を想っているのは明白で、未だ関係はないもののそれも時間の問題と看破しております。
夕霧は一度心に決めたならばその想いを何年かかっても遂げようというのは雲居雁自身の経験からしても明らかなのです。
多くの子をもうけた縁浅からぬ夫婦であるのに夫の目が他所へ向いているのが心底辛く、雲居雁が人知れず涙を流していることに夕霧は気付かないでいるのでした。
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